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神の母、聖マリア。 罪深い私達の為に、今も、死を迎える時も祈ってください。 (カトリック祈祷書「天使祝詞」口語より)
恵み溢れる聖マリア 「ごめん」 「いいのよ、気にしないで」 ぼんやりとした瞳でエイトが謝ると、ゼシカが微笑した。 エイトは重力のままに四肢をベッドに委ね、重たそうな頭を横にしてゼシカを見ている。そのベッドに腰掛けて、ゼシカは彼の額に手を当てていた。 やっぱり熱がある、とタオルを絞って額に乗せる。 「こんなになるまで我慢していたの? もう、無理しちゃ駄目よ」 「うん……」 ゼシカの様子を見ながら、エイトは申し訳なさそうに呟いた。 「今日こそ薬草園に行こうって言ってたのに……」 頬を熱で染めて、乾いた唇を開こうとしたエイトを制するように、ゼシカは彼の布団をポンポンと叩いた。 「旅の事は、今は考えないの。貴方の身体をもっと気遣ってあげて」 胸の辺りを軽く擦る。その仕草はまるで子供を寝かしつける母親のようだ。 「風邪か?」 「多分ね」 ゼシカの背後から、その様子を見ていたククールが口を開いた。腕を組んで、エイトの容態を眺めている。 「辛そうだな……」 いつもは軽やかに動く四肢も、今は鉛のようにベッドに埋まり、力なく垂れている。頼りなく開いた唇からは、鼻の呼吸を補うように乾いた吐息が漏れており、胸元の上掛けがゆっくりと上下している。時折、咽るように喉奥から咳が出た。 寝間着はじっとりとした汗を吸っており、体内の毒との闘いがいかに激しいかを物語っている。 「汗、随分かいたな。着替えるぞ」 一歩離れていたククールが前に進み出た。 「レディーは出て行きたまえ」 「まぁ、そんな言い方ってないじゃない!」 ククールの口調に反応したゼシカが、肩をいからせた。ベッドに横たわるエイトの布団を捲りながら、ククールは笑って言う。 「お? じゃエイトの着替えを手伝うか?」 これに狼狽したのは、布団を剥がされたエイトの方。 「こっ、困るよ……」 戸惑うエイトを見て、ゼシカはククールを詰る。 「馬鹿。エイトが恥ずかしがってるじゃない」 その時、部屋の向こうから、階段を駆け上がる大音量が響いた。廊下を歩くにこんな大きな音と振動を共にする者は一人しか居ない。 その音が乱暴に扉を開けるのと同時に、ヤンガスの声が響く。 「兄貴っ! 薬を煎じてきやしたよっ!」 ポットを手に、息荒く歩いてくる。 彼が部屋に入ろうとした瞬間、ククールの声がそれを制止した。 「おっと、不衛生は入室禁止だ」 「アッシは手ェ洗ったでがすよ!」 反感を覚えながらも、ヤンガスは扉の手前で足を止める。 エイトはその様子をベッドから薄く微笑んで見ていた。ゼシカは溜息をついて二人の会話をやり過ごす。 「ヤンガス、いいから。ここはククールに任せましょ」 ゼシカはエイトの側から立って扉の前に行くと、ヤンガスを宥めるように彼の肩に手を置いた。彼のポットを手に取ると、それをククールに渡しながら「任せたわよ」と言って部屋を出て行く。さりげなくヤンガスを連れ出すゼシカは、いつもより大人びて見えた。 「男の扱いが手馴れてきやがった」 ククールは彼女の背中を見つめながら苦笑した。 扉が静かに閉じられて、二人が廊下から去る足音を送ると、部屋は一瞬静かになった。 「服、脱げるか?」 ククールが振り返ると、エイトは半身を重そうに起こしていた。 「うん……大丈夫」 たどたどしく寝間着を脱ぐ。 身体中の関節が痛む。エイトは眉をひそめながら痛みを堪えて服を脱いだが、どうも袖がうまく脱げないようだ。 「痛たたた、ぁ……」 「お前、何やってんの?」 クローゼットより新しいタオルを出していたククールが笑った。暫し服と闘争するエイトの格好を愉しんだ後、手伝う。 「ご、ごめん」 「病人は気にすんな」 ククールはタオルを濡らしてきて、エイトに放り投げた。固く絞ったタオルはエイトの胸にぶつかって、エイトはそれを取る。ゆっくり汗を拭くと、今度はククールから新しい寝間着が飛んできた。 「わっ」 エイトは朧げに寝間着を広げると、ゆっくりと動く。思考も鈍っているのか、時折、動作が止めて頭を項垂れている。 「……」 離れていたククールは、その様子をじっと見つめながら近付いてきた。 「トロンとした瞳で、口は半開きで」 視線に気付いたエイトは、ククールをぼうっと見る。 「?」 「焦らすような遅い動作で、言葉も擦れていて」 「どうしたの? クク……」 ククールがエイトのベッドの前に跪いた。両腕をシーツに埋め、顎を乗せる。その視線はずっと逸らさない。真っ直ぐにエイトの瞳を見つめている。 「誘ってるよな、誘われてるよな」 「だから、何――」 不思議に顔を覗くエイトには返事をせず、ククールはベッドの上で肘をつき、両手を組んだ。 「おぉ。慈しみ深い乙女、恵み溢れる聖マリア。罪深い私をお赦しください」 「、クク?」 それは彼が祈りをする時の仕草。今はその言葉が何処か大袈裟で白々しい。 左右の指を組んだ両手を、額に寄せて瞳を閉じる。 「日毎の糧を今日もお与えください」 ククールはそう呟くと、瞳を開いて卑屈に笑った。立ち上がってベッドに膝を乗せ、エイトに近付き、彼の上気した頬に手を添えた。 「わぁっ、ちょ……っと」 着替えの途中だったエイトは、寝間着を着ようとしたが、ククールが覆い被さって身動きが取れない。戸惑いながらもククールを制そうとしている。 「だ、駄目だよ……」 「我慢できません」 「わっ、わっ! ちょ……ちょ、っと!」 ククールは既に這うようにエイトの身体に手を滑らせ、彼の肌の感触を愉しんでいる。エイトは、もはや絡まれて捕らえられた彼の腕から、逃げるように慌てて言った。 「あぁ神様! ククールを誘惑に陥らせず、悪よりお救いくださいっ!」 「……何処で覚えた、そんな言葉」 一瞬、ククールはエイトの言葉に呆気に取られた。彼の手が止まって、二人の視線が合う。 「ククール、いつも祈ってるじゃ、っん……」 エイトが恥らいながらも必死に口を開くと、ククールはそれを塞いだ。乾いたエイトの唇に、瑞々しいククールのそれが重なる。 「んん、ん」 生暖かい舌が、唇をなぞるように這い回る。ゆっくりと近付いて、乾いた呼気を漏らすように、唇を静かに咥える。唇のラインを辿るように唇で確かめる。触れ合うだけの軽いキス。 「風邪、伝染るよ」 「貰ってやるよ」 唇から、荒い呼吸を漏らしたエイトが合間に言った。ククールはその言葉も覆う。 「、っはぁ……」 ククールは指で唇とこじ開けると、今度は深く口付けした。少々の抵抗を見せるエイトを少し乱暴に唇で覆って、歯列をなぞる。溶け込むように、奪うように。 「……ん……んっ」 熱さと甘さが咥内をじっくりと這いずりまわる。二人の唾液が混ざり合う音が、頭に直に響く。身体が震える。脳内が痺れる。 エイトの朧げな思考は、今や完全に停止した。 「……なぁ」 ククールが緩やかに唇を離すと、激しいキスで真っ赤に染まった二人の唇には、唾液の筋が名残惜しそうに引いた。 「息、苦しいか?」 ククールの低い声が耳元で擦れた。 「鼻。詰まってるから」 「悪ィ、窒息させるかも」 二人は一瞬見詰め合って、再び唇を重ねる。 焦らすように執拗なキスを、額から鼻筋を伝って頬へ、唇へ。顎のラインを辿って耳朶へ。温い唾液を塗り付けるように唇は巡り、エイトを蝕んでいく。 耳を玩んだ唇が首筋を下った。 「う……ぁ」 背筋に何かが疾走する。ドクンと鼓動が跳ね上がる。吐息と共に甘い声が漏れる。 エイトは、いつしかの夜に焼き付けられた官能を思い出す。そして、今この瞬間にも与えられる同じ官能は全身を駆け巡り、彼の思考力を少しずつ、しかし確実に奪っていく。 ククールはエイトから漏れる声に急かされるように唇を這わせた。肌に強く唇を吸い寄せて、頚動脈から鎖骨までに紅の花を散らせる。 「ぁ……ん……っ」 鼻にかかった甘い声。気怠く微動する四肢や物憂げな瞳は、普段の彼にはないもの。 ククールは、それが風邪のせいだとは判っていても、掻き立てられていく。彼の声に煽られる。 「今日のお前……凄ェやらしいな」 口端を上げてククールが笑う。聞いたエイトは恥ずかしそうに目を逸らした。 その姿までが愛らしくて、昂ぶる胸が締め付けられる。 「クク」 「……何?」 背けたままの顔で、伏し目にエイトが言う。 少々に期待したククールが彼の言葉を待つと、それは意外なもので。 「馬鹿……」 「おう」 そう、俺って馬鹿でこういう性格なんだって、とククールは笑った。 恥じらいと詰りが混在したエイトの瞳。鳶色のそれは大きく震えている。彼の荒い吐息に今しがた溜息が雑じったので、ククールは宥めるように唇に軽くキスした。 「……で。エイト」 耳元で囁く低い声。 脳に甘く響いて、身体の芯に火を灯す。 「ここ、もう苦しいだろ?」 「あっ」 絡みつくように手が服にかかると、すっと寝間着が脱がされた。下着の上から細い指が繊細にエイトを掴む。ドクドクと脈打ったエイト自身が、布越しにその存在を更に大きく知らせた。 ヒヤリとした掌の感触を太股に感じて、ビクリとする。 先端から染み出したエイトを眺めて、ククールが呟く。 「こっちの世話もしてやるから」 覆い被さったククールの身体が離れて、エイトの下半身へ移った。 「あっ……ぁ……」 焚きつけるような愛撫に、燻ぶる官能。痺れるような快楽がくゆる。 遂に下着を取り払い、露わになったエイトは苦しそうにその頭を覗かせた。先端から溢れる愛液を、全体に塗りつけるように指が動く。 じんわりと迫る淫猥な快感に堪えきれずに流れ出る滴は、そこで上下するククールの指をねっとりと濡らしていく。伏し目に眺めていたエイトは、恥ずかしくて視線を逸らしたいのに、無性に目が離れない。 「何? 見て感じてんの?」 零れそうな滴を舌先ですくい取る。 「う……あぁ……っ」 反り立った欲望は、暫く掌で玩ばれると、次には熱い舌に裏筋からゆっくりと貪られていった。生暖かい、湿った咥内の感触が、エイトの芯を奥底から火照らせる。 頭がどうにかなりそうだ。 エイトは首を振っていた。シーツに髪を擦りつけ、苦しそうに悶えている。 先端を遊んでいたククールの唇は、やがてエイト自身を頭から咥え込んで、唇を小さく搾りながらそのまま奥まで沈んでいく。根元まで飲み込もうとしたが、先端が喉奥を付いて半分も沈まなかった。 「おっきくなっちゃって」 上目にククールと目が合った。卑猥な言葉をかけて詰る彼に、思わず目を逸らす。ニヤリと笑ったククールは、咥えきれなかった部分に掌を添える。 唇と手が、激しく上下に動いてエイトを締め上げる。頻りに先端の括れを攻めたかと思えば、一気に咥内にそれを押し込める。眼前に広がる淫らな光景と、脊髄より伝わる刺激から逃げられない。官能の波がエイトを抱く。 「あぁ……はぁっ……」 熱い。熱い。 どんなに身体をくねらせても、ククールはこの刺激より逃れることを許さない。エイトの腰を掴んで、顔を埋め、確実にエイトを捕らえて離さない。 心臓が煩い位に高鳴っている。吐息ももはや隠しようのないほどに荒くなっている。 「んんん……っ」 狭い部屋に淫らな水音が響いている。 二人が音に驚いて戻ってきたらどうしよう。かすかに湧き上がる不安も、今押し寄せる快感に逆らえそうにない。それは脳裏に微かに浮かぶだけで、あとはそれも官能の刺激と変わってしまう。 「あぁ……クク……」 舌先で欲望の口を突かれて、エイトは搾るような声を出した。 「どした、エイト」 「あぁ……も、もう……っ」 「出していいぞ」 もはやエイトの滴と己の涎で融けそうな欲望に熱く荒い吐息をかけて、ククールは言った。 「ああぁ……っ!はぁ……っ!!」 弓なりに体躯を反らし、エイトが達する。しどけなく開かれた両脚の付け根から、熱い精が迸った。 ククールは唇でそれを迎える。しかし、その全てを飲み込もうとも、溢れる想いの量が多く、だらしなく口の端から流れ出していた。 添えたククールの掌が、全てを搾り出すようにエイト自身を擦る。先端からは再び熱い涙が零れた。 「はぁ……は……っ……」 飲みきれず、エイトの欲望に絡みつくそれも舐めあげて、ククールは静かに口を開く。 「身体の毒も……もう全部、出してしまえって」 エイトの両脚に蹲っていたククールは、膝立ちになって服を脱ぎ始めた。朦朧とした意識でエイトがその様子を眺めている。ククールは彼の視線を受け止めながら、やや緩慢に脱いだ衣を床に落としていった。 ベッドに力なく身を埋めていたエイトは、高い位置から伏し目に見つめるククールを黙って見ていた。 「惚れ直す?」 ニヤリと笑ったククールから、強烈に甘い視線が送られる。それと一緒に、全身の力が吸い取られそうになった。 「ちょっとは」 脱力したエイトが微笑む。悩ましいその微笑に合わせて、ククールの口元が緩んだ。 「可愛くねぇな」 ククールは漸く半身をエイトに覆い被せ、彼を抱いた。首に架かった十字架が、エイトの胸に当たった。ひんやりとした感触。 ククールの持つ性の魔力がそっとエイトを包む。温かい懐に抱かれると、彼の不思議な魔力に飲み込まれ、躰も心もそれに委ねてしまう。 ククールの甘い視線がエイトに注がれる。 「息も出来ねェ位、愛してやる」 理性など、とっくに吹き飛んでいた。 「はぁっ……はぁっ……ぁぁっ……あぁ……」 背筋を駆け上がる寒気は、風邪によるものではないだろう。それは電撃のように全身を一気に駆け巡り、エイトを貫く。 崩れる。堕ちる。深く溶け込んでいく。 「うぅ……くっ……、ぅんっ」 擦れ出るようなエイトの息遣いは更に荒々しく、部屋には切ない喘ぎ声が淫靡に広がる。漏れ出す声はもはや懇願する泣き声に変わり、来たる官能の大波を執拗に呼ぶようでもある。 「……エイト……ッ!」 腹を指して屹立するエイト自身に愛撫を与えながら、ククールは小刻みに腰を打ちつけた。その激しさは留まることを知らず、深く鋭くエイトを貫き、四肢五体を桜色に染める。 どこまで昇りつめるのだろう。 このまま繋がっていたい気持ちと、果てたい気持ちが間怠く交錯している。 「あぁっ……はぁぁ……っ」 絶え間なく与え合う激しい官能を受け止めながら、遂に二人は大波に呑まれる。大きく押し寄せて打ち付ける悦楽の波に、全てを委ねる。 「ぁ……ああぁっ!ククッ…………!」 エイトの嬌声が響いた。 「……ッッッ」 同時にククールの膨張が解き放たれ、疾走するかの勢いで彼の精がエイトの中に注がれる。 今にも崩れ落ちる意識の中、二人は身体を繋ぎあって倒れた。 「えっくし!」 翌日、朝の食卓にエイトが加わり、一行はいつも通りの朝食を迎えた。寝坊のククールがクシャミと共に階段を下りてきた時、彼を待っていた3人がそれに気付く。 「寒い……」 「まぁ、今度はククール?」 呆気にとられたゼシカが困り顔で言った。 「うわ、ククール……ごめん……」 「ククール、兄貴の風邪が伝染ったんでがすか?」 すっかり一晩で完治し、本来の清々しさを取り戻したエイトが、申し訳なさそうな表情でククールを見た。隣に座るヤンガスも、心配そうに顔を窺っている。 「くっそ、エイト……伝染したな……」 肩を震わせながらエイトを睨むと、エイトは恥ずかしそうに目を伏せた。 昨日の事を思い出す。「貰ってやるよ」とククールが言って、自分はそのまま抱かれた。自分は本当に彼に風邪を伝染し、彼がそれを受け取ったと思うと、困惑とも愉悦ともいえないもどかしい感情が湧き上がる。 ククールは俯いたエイトに、意地悪そうに微笑んだ。彼も憎んでいるわけではなく、愛情ゆえに詰り揶揄かっているようだ。 「まぁ、風邪は人に伝染さないと治らないって言うけど」 寒い寒いと身体を強張らせながら席につくククールを横目に、ゼシカが言った。 「イヤらしい」 ゼシカが軽蔑したような視線でククールを見ると、ククールは再び身を震わせる。 「えっくし!」 鼻を啜らせ、ククールとエイトは目を合わせて、笑った。 神の母、聖マリア。 罪深い私達の為に、今も、 死を迎える時も祈ってください。 |
【あとがき】 冗談めいて祈りの言葉を言ってはおりますが、彼は信心深いと思います。 ● ● ● |