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Do you think that
I will not drink the cup of suffering
which my Father has given me ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「エイトが竜神族と人間とのハーフで、しかも行方知らずだったサザンビーク王子の御子息様だったとはね」
 もう何度聞いただろうか。グルーノ老が得意気に読み聞かせた紙芝居を手に、ククールはエイトの母親であるウィニアの描かれた数枚の絵を眺めていた。
「まだ飽きないの? その紙芝居」
「この部分だけは」
 いい加減ウンザリしてきたエイトを隣に、ククールは彼女の登場する部分だけを手に取っては眺める。
 成程これ程の器量ならば男として手が出ない筈はないと、禁断の恋に堕ちた男に思わず同情の念が湧く。一部に脚色が加えられていることはブルーノ老の描写を見れば明らかであるが、この筆には人物に対する愛情が込められており、それ故にか描かれた人間の本質がよく表現されている。それが特に顕れているのがウィニアで、彼女の面影を宿した我が恋人もまた、愛嬌においてはその血を受け継いでいるのだという確信も募る。
「やっぱ似てるな。お前と」
「そうかな」
「そうだろ」
 ゼシカやヤンガスには、父親であるエルトリオの方に似ていると言われるのだが、本人が自覚するには近親(ちか)すぎる。どのあたりが、と次に問うつもりだったエイトは、しかしククールの言葉によってかき消された。
「可愛くてエロそうなところがそっくり」
「なっ、」
 手元の紙芝居を眺めていたククールは、視線を放して小気味良い微笑をする。美しい色の瞳と色香の漂わんばかりの麗笑を注がれたエイトの方は、彼の不意打ちに狼狽して言葉を失った。
「何を言って、」
「邪気(あどけ)ない幼顔に妖艶を乗せる、アンバランスな色気は母親譲りという訳か」
「そ、そんなこと言われても」
 困る、と言おうとした唇は、しかしククールの視線に魅了されて動かない。
 もともと口数の多い方ではないのだ。返す言葉に戸惑う目の前の恋人を愉しむように、ククールは長い足を組み直して更に言を重ねる。
「で、真相を知った今の気持ちは?」
 神鳥の翼を駆って大空より謎の高台を見つけ、知られざる世界に踏み込んでから、人間とは異なる霊長類の存在を知り、その里で竜の王と出会い、そして自身の出生の秘密を知った。彼だけが竜神の封印を受けるのも、竜の如き超人の武を得ていることも、全ては彼が竜の血を後継するが故。一度に衝撃の事実を突きつけられた本人の心境は幾許かとククールが見れば、エイトは相変わらずのはにかんだ表情で頭を掻きながら呟いていた。
「うーん。トーポが僕の家族だったっていうのにも驚いたけど、」
 表情に乏しい彼がやや口元を綻ばせて言ったのは、何とも言えぬ皮肉。
「チャゴス王子と従兄弟だったってことが一番ショックかな」
「あぁ〜、それは……ご愁傷様だったぜ」
「うん」
 聞いてククールは組んでいた美脚を広げて軽やかに笑い、エイトもまた声を出して大きく笑う。二人はしゃぐようにベッドに転がると、わざとシーツに皺を作って沈んだ。
 左程文明があるとは言えぬ竜の里の、簡素なベッド。長き間横たわる主人を失っていたそこは硬質で、二人で寝るにはやや狭い。エイトとククールは傍に置いた紙芝居を敷いて壊さぬよう、身を寄せ合って落ち着いた。
「本当の事を言うと、」
 互いの額を合わせながら、甘い空気の中で会話をする。
 エイトは彼にだけ聞こえるような小さな声で、しかし確りとした声色で言った。
「僕は此処に来た時、実はとても不安だった」
 不安を口にする彼の表情がそれほど深刻でないのは、彼が感情を顔に表すに不器用であるのと同時に、物事に合わせて起伏する感情を越えた、達観に近い客観の目を持ち合わせているからだろう。
「皆に嫌われるんじゃないかと、怖かったんだ」
「どうして」
「僕が完全な人間(ひと)じゃないって判明ったから」
 凡そ人間が、少し容姿が異なるからと言って蔑みの目で見、その存在を遠ざける弱さを持つことはよく知っている。トラペッタでは主君のトロデが冷ややかな視線を浴びただけでなく、嫌悪の感情をもって虐げられたことは未だ記憶に新しく、自分達もまた冒険者として新しい町に入るときは、何かと好奇の視線を集めた。
 己の両親が種族の壁を超えて結ばれたことは、裏を返せばそれ程困難であったということ。今のエイトにとっては、固い絆で結ばれた仲間達に、あの二人と同じ理解の壁を超えるよう願うことは憚られた。
「キライになるかな、と思って」
「まさか」
 ククールの即答に安堵する。
 今はもう過ぎた悩みではあるが、エイトはグルーノ老に過去の話を聞いている間、自らに課せられた運命を呪うより、仲間との絆が瓦解しないかとばかり思っていたのである。
「ゼシカもヤンガスも、全然驚かないから逆にビックリしたよ」
「俺達、結構な場数を踏んでるからなー」
 何せ全員前科あり。この年齢にして史上最悪の牢獄に捕われたことさえあるパーティーなのだ。
 ククールは笑いを噛み殺すように歯を見せると、悪戯に微笑してエイトの表情を崩す。彼の美しい笑顔につられた口元を緩めたエイトは、ほっと息を吐いて言葉を続けた。
「君ともうこんな風に笑えないかもしれないって、本気で考えてた」
 鼻頭が触れそうな距離、エイトの瞳が俯いて睫毛を縁取る黒を濃くさせる。
 瞬間、彼のはにかんだ幼顔に翳りが挿したと思ったククールは、癖のある黒髪をクシャクシャとしてそれを拒んだ。
「竜の血を引いた勇者様だぜ? お前のハンパねぇ強さの秘密が理解ったよ」
 卑下する性格でもないが、エイトは己の能力の高さを自覚しないところがある。ククールはそんな彼に代わるよう、敢えて彼の内面的ではない長所を挙げた。
「オマケに大国サザンビークの王子様ときてる、何から何までパーフェクトだぜ」
 このような境遇でなければ、謁見さえ叶わぬ存在であったかもしれない。ククールはやや冗談交じりに、しかし内心ではそれ以上の感情をもって言っていた。
 何よりお前は悲願の結晶。愛されて生まれた者は何より強く美しい。
「ククール」
 カラリと笑うククールの優しさが愛しい。
 エイトは彼の端整な顔を見つめながら、「あのさ、」と静かに口を開いた。
「僕でいい、かな」
 これが友人としての言葉でないと理解るのは、今のエイトの表情がククールの前だけでしか見せないそれに変わったからである。漆黒の瞳は如何なる心情でそう語るのか、見つめられた方のククールは、彼の視線に同じく表情を変えて答えた。
「御父の我に賜ひたる酒杯(さかづき)我飲まざらんや、ってな」
 流暢に唇より紡がれた聖典の一節に、エイトは一瞬、戸惑った。
「ど、どういう意味?」
「仮令(たとえ)差し出された杯に毒が入っていようとも、戴かずにはいられない」
 聖職者であるククールは、時にエイトには難解な言を用いる。尤もそれが奥底の感情を晒すことを避ける彼の本心を示す言葉であることは、ククール本人しか知らぬことだ。
「神の賜物は悦んで戴くっていうこと」
「それって、どういうこと」
 可愛らしく小首を傾げるエイトは、やはり母親と同じく妙に色気がある。
 ククールはエイトを隔てて奥に置いた紙芝居をチラと見やってそう思うと、次にゆっくりと唇を落としながら囁いた。
「こういうことさ」
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 我が前に斯(かく)を与えしは、人の神か、或は竜の神か。竜神族の娘に恋をした人間の王子も、彼女の美しさを前にこう思ったに違いない。愛する者と結ばれる、同じ種族であれば容易であったものが、彼女を選ぶことでこの先どれほど過酷な運命を背負うだろうか、しかしそれでも男は運命に手を伸ばしただろう。
 これぞ哀しき男の性よと、ククールは内心自嘲しながら、ベッドに組み敷いたエイトを見下ろしていた。
「な、なに」
 肌に触れれば忽ちその掌を全身に滑らせる彼が、今はただ己を見つめている。エイトは不可解な彼の沈黙に戸惑い、肌蹴た身体を隠すように身を捻った。
 羞恥の色を見せたエイトに気付き、ククールは息も止まるほどの麗顔に笑みを乗せて「いやね、」と咽喉を震わせる。
「全然気にしてなかったけど、お前って人間とどこが違うのかと思って」
「えっ、あっ」
 不意に両手首を掴まれ、ベッドに押し付けられる。真上で自分を見下ろすククールは、色っぽい視線でエイトの肌蹴た四肢を眺めているようだった。
「見た目はほとんど人間だからさ、母親の部分はないのかよ」
「ないのかって……し、知らないよ」
「竜神王みたいに、竜に変身したり出来るんじゃねぇの」
「わ、分かんない」
 何もされずに肌を晒しているのは辛い。普段は当然のように振り落ちてくるキスも、吸い寄せられるように這う掌も、エイトが内心で乞うばかり。何処も愛されない焦燥に堪らず肢体を動かして訴えてみるが、両手の自由を奪われてはそれもままならない。
「どこかあるだろ」
「な、ないよ」
 ククールがどれだけ探そうとも、既に彼の前に晒していない箇所などない。今までどれだけ恥ずかしい格好で求められたことか、エイトは好奇心に芽生える恋人に恨みの眼差しをもって答えたが、肝心のククールの方は全く意に介することなく彼のしなやかな肉体を眺め続けている。
「変わってる所なんて」
「耳が尖ってるとかさ」
「ちょっ、やっ」
 髪を唇で掻き分けたククールが、耳の形をなぞるように舐めていく。突然の感触に驚いたエイトは、間近に聞く彼の低音に思わず身を震わせた。
「なっ、何して……っ!」
「身体検査」
 彼がいつもと違うのは、劣情に染められた執拗な愛撫を降り注ぐのではなく、まるで調べるように丹念に唇を這わせているところからも分かる。それが完璧なる人体への興味でないのは、淡い藍の瞳に挿す愉しみの色にも示されていた。
「ゃ、っん……ククール、」
「実はカタチが違うとか」
「ぁあっ、あ」
 エイトは大いに玩ばれている。次第に熱を帯びていく肉体をくまなく調べられ、狂おしい羞恥に責められた彼は、自身の血色を鮮やかにして身悶えた。当然、身体の中芯に熱が集まってくる。
「やっ、やだっ」
 明らかに反応を示し始めた自身に触れられ、エイトは頬を染め上げた。
「イヤじゃないだろ」
「ゃ、……やぁぅ」
 掴んだ両手をベッドに釘付ける腕の強さはそのままに、下腹を漂う形良い唇は、言葉を紡いだことで微かに動いてエイトの肌を擽る。均整のとれた筋肉に薄く張った皮膚は朧げな性刺激に感度を鋭くして揺らぎ、淫らに身体を震わせた。
「俺がどうにかしてやんないと、これ、収まらないだろ」
「んっ、っくぅ……
 昂ぶる欲望の中心を掌握(にぎ)られ、慰めるとも虐げられるとも言えぬ抱擁の内に扱かれる。劣情に硬度を増したエイトのそこは、更なる快感を求めるように歓喜の涙を流し、くゆるような水音を伴って卑猥さを増した。
「なぁ、エイト」
「ぁあうっ、……ぁ、ん!」
 彼は気付いているだろうか、既にククールはエイトの両手の束縛を解きはじめ、弛緩してベッドに沈む腕を導き、反り上がる肉欲に添えさせている。今やエイトの肉欲を支配するのは、ククールの指とエイト自身の指。眩暈を呼び起こす甘美な刺激は、彼が与えてくれるものから、自らが作り出すものへと変わりつつあるのだ。
「気持ち良い? エイト」
「うっ、ん……気持ち良、いっ」
 淫靡に答えるエイトにククールは満足して極上の微笑を注ぐ。彼は妖艶に腰を揺らす恋人を愛おしそうに眼窩より眺めながら、潤滑油を掌に馴染ませて温めると、濡れた指でエイトの脚を開き、官能に疼く秘窪にそっと差し入れた。
「あっ、! ああぁぁっ!」
 自らを慰め昂ぶらせながら、エイトは淫襞を割って侵入する異物を嬌声を挙げて受け入れる。既に何度も彼を許したそこは、まるで恋焦がれるように長い指に吸い付いて収縮し、愛する者による蹂躙を誘っている。ククールはエイトの肉体的な反応に内心感奮の念を起こすと、妖艶な笑みを浮かべて指を深めた。
「お前の中が気持ち良いのは何でだろうな」
「やぅっ! ……ん、んン!」
 あられもない姿態を見せるエイトを更に掻き立てるように、ククールは膝を割って彼の秘部を大きく晒す。指での抽挿を繰り返しながら、彼は銀糸の髪を掻きあげて言った。
「凄ェ解れてきた」
「そんっな、見ないで……
「見なきゃ分からないだろ」
 うっすらと額に汗を乗せたエイトが、羞恥心に堪らず首を振ってシーツに埋もれる。乱暴に振った顔に艶のある黒の前髪が張り付き、不規則に束になったそれはククールの性興奮を煽ようで、彼は髪に隠れたエイトの目蓋にキスを落としながら、努めて優しい声色で言ってやった。
「見るとお前、感じるようだし」
「あぁ、ん……クク、」
 熱を帯びた頬を慰めるように口付ける。目尻に塩気を感じたのは、苦渋の汗か感悦の涙か。
 桃色に浮かび上がる肉体は、その内に燃え上がるような情欲の血を爆発させながら流しているのだろう。ククールはエイトの胸板を指の腹で一全体(ひととおり)弄ぶと、次に彼の膝裏に掌を滑り込ませて脚を持ち上げ、屈曲させたことで露になった秘窪に舌を這わせながら微笑んだ。
「今日こそお前の本性、全部見せて貰うぜ」
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
「僕は君に嫌われた方が良かったと思うよ」
「んな事言うなよ、」
 結局、本性を見せたのは、彼か、自分か。
 汗ばんだ身体をシーツの海に投げ出しながら、ククールはエイトの乱れた髪を梳いてやる。エイトは彼の指の通るままに、その心地よさを反芻しながらしかし悪態を吐いた。
「僕が竜になれたら、きっと今頃踏み潰してる」
「嫌われた!」
 聞いてククールは咽喉をかみ殺して笑う。炎をもはね返す鋼の鱗を持つ竜の足に、先の戦いでククールは肋骨を折られているのだから、これは冗談ではない。傷の手当をしてくれたのも今のエイトに違いないが、これを皮肉として言ってのけるとは、我が恋人も成程スパイスが効いていると、彼は満足そうに微笑んだ。
「お前の逆鱗にだけは触れたくないぜ」
 然すれば今度は肋骨だけで済みそうでない。
 ククールはそう言って宥めるようにエイトの鼻頭にキスを落とすと、激しい情交の後の彼の不機嫌も次第に収まっていく。そうしてエイトの眼差しに甘い気怠さが挿してきたところで、ククールは「さて、」と見事なまでに秀麗な微笑を湛えて口を開いた。
「お前の秘密も、お前自身も堪能したことだし、」
 その薄く開いた唇も、柔らかな瞳も、口元に湛えた優しささえ。何と色香を放つことか。
「帰ろうぜ、俺たちの世界に」
 眩暈のするほど美しい男(ひと)の微笑が瞳に飛び込み、狂おしいまでのエロースの矢に貫かれたエイトは再び言葉を失ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【あとがき】
ここで言うポルネイア(社会的不道徳)は、
種族を超えた愛でなく、ボーイズラブ的な意味でなく、
ククールの性癖です(笑)。
 
 
 
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