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手に握っていた剣が空を飛び、咽喉元に冷たい刃が当てられる。蒼い月光を背に相手を追い詰めた豪腕の王宮戦士は、突きつけたその剣で彼の顎をクイと持ち上げた。 「立て、クリフト」 今しがた虚空を舞った剣が弧を描いて地に突きささる。その軌道を呆けた瞳で眺めていたクリフトは、はっとして眼前に屹立するライアンを見る。 「お主が怖れているのはアリーナではない。アリーナの背景だ」 地に手をつき、尻餅をついたクリフトの表情が吃驚(きっきょう)に満ちているのは、手練の成した瞬く間の妙技ではなく、その後の台詞。 「互いの間には身分も立場もない。あるのは男と女だけだ」 妖しく照輝する月光は紫紺の空に丸く浮いて見え、剣士の鎧をヒヤリと光らせた。 「アリーナ自身を見て自らの全てを捨てろ。それが女に対する最低の礼儀だ」 「自分を知って貰うには、裸になるのが一番早いわ」 小さな窓から届く皎白の月光は薄暗い部屋に染みわたる。暫しその朗月に魅入っていた凄艶の魔道士が流し目に少女を見やった。 隣のベッドの上で両膝を抱え込み座るアリーナは、何か言おうとして言葉を詰まらせ、そのまま彼女の言葉を聞く。 「裸になるのは怖いことじゃない」 諭すように優しい口調は、マーニャには珍しい。 「脱いで晒すのは身体じゃない。隠していた心なのよ。」 差し込む幽光が深紫の髪をうっすらと輝かせ、彼女の嬌艶さを増す。アリーナはマーニャより漂う、その息を飲むような美貌に見惚れていた。 「そして相手に求めることだって、恥ずかしいことでも何でもないわ」 クリフトは自らが築いた「隔壁」を深愧(しんぎ)した。 自分が仕えるサントハイム王国の姫君。アリーナには王女という彼女の「身分」に相応しい男性が傍につくべきだ。いくら誰よりも強い慕情を抱いても、神官であるという「立場」の己には届かない存在。 触れてはならない理由を、越えてはならない壁を自らが作り、その結果、彼女を愛していながら拒み続けた。 彼女の氏や己の境涯を乗り越えて愛する勇気がなくて、その負い目を分限や境涯に転嫁していた。結果、彼女を傷つけていた。 今、深く祈る。 自ら高く築いた「壁」を打ち破る勇気を。 彼女を心より愛する勇気を。 アリーナは自らが築いた「隔壁」に気付いた。 クリフトに触れたい、触れられたいと思う一方で、踏み込めない。何処かしら感じる、うそ寒い恐怖と不安。自分を晒し、委ねる勇気がない。 彼の腕に抱かれたいと想い願うこの心は、決して好奇心より来る幼稚な感情ではない。身体を重ねるその行為が、忌むべきものでも、嫌悪すべきでもないことを、頭では理解している。しかしそれに気付いてはいるものの、自らを彼に委ねることが出来ない。 そして陥る。激しい自己嫌悪に苛む。 今、強く願う。 己に堅く纏った「殻」を脱ぎ捨てる勇気を。 彼に全てを晒せる勇気を。 今、二人、乗り越える。 互いが築いた「隔壁」を、今、打ち破る。 「隔壁」
二人、ベッドに向かい合う。 白銀に煌く月が空気を研ぎ澄ます。月光の微明が部屋を荘重に清める。扉の向こうより届く喧騒もこの部屋で水煙に変わる。 否。今の二人にはその微漣すら聞こえない。 ただ目の前には愛する人が居て、自分の切なげな視線を受け止めている。 ただ自分の心臓の鼓動が聞こえる。トクン、トクンと音を立てている。 クリフトは己のまさに正面で端座するアリーナの頬に触れる。耳まですっぽりと掌に包めそうなほどの小さな顔。月明かりに照らされた透き通るほどの白い肌は、しっとりとしていて、柔らかかった。 アリーナは触れられた掌の感触をかみ締めながら、己の手もまたクリフトの頬にあてがっていた。愛おしく触れ、彼の存在を反芻するように指で撫でる。 互いに黙したまま時間が流れる。いや、寧ろ二人のこの時間は止まっていたのかもしれない。 アリーナが首を傾けてクリフトの手に頭の重みを任せる。自らの頬を擦り付けて、彼の大きな手の温もりを感じる。薄く瞼を下ろし、微睡むように確かめる。 クリフトの節ばった長い指は慈しむように彼女の頬より滑り、柔らかい唇に触れた。指先で輪郭をゆっくりとなぞると、アリーナの瞳が自然と閉じる。 長い睫毛が期待と緊張に震えている。顎が上がって彼を待つ。 クリフトは静かに、ゆっくりと触れた。 しっとりと包み込むような甘い口付け。優しく穏やかなそれは、彼の想いの強さを伝える。何度も甘噛みして、アリーナの柔婉な弾力を感じ取る。 アリーナもまた彼の両唇の感触を享受していた。唇より伝わる彼の愛情を迎え入れ、自らも想いを返す。瞼を伏せあった二人が、唇で交わす切ない愛。お互いのたどたどしい動作も、今はただ胸が苦しい。 クリフトはアリーナの小さな身体を支え、そっとベッドに横たわらせた。彼女の頭を丁寧に枕に乗せるその動作の一つにも、彼が如何にアリーナを大切に想っているかが理解る。アリーナもまた彼のままに身を任せていた。 枕の傍らに手をついて、しばしクリフトは己を待つアリーナを眺めた。アリーナもまた和やかに降り注ぐ彼の視線を受け止めて見つめる。 愛しい人。 全てを捨てて貴方に与えたい。 アリーナを跨いで膝立ちになったクリフトは、静かに上着を脱いだ。アリーナは次第に露になっていくクリフトの四肢を、ベッドから黙って見つめていた。 初めて見る男の身体に何も言えなかったのかもしれない。 「背だけヒョロヒョロと伸びおって」とブライに小言を言われていた身体は、意外にも逞しかった。優男の外見とは裏腹に厚い胸板と引き締まった腰の硬いライン。確りした肩からは、しなやかな長い腕が伸びている。 想像すらしなかった「男」のクリフト。それが今目の前にある。 「……どうしましたか?」 初めて声が出た。 あまりに注視していたのだろう。不可思議な凝視を喰らったクリフトは、今や下着一枚になって困ったような笑顔でアリーナを見ていた。 彼に合わせてアリーナも口を開く。 「……綺麗だと思っちゃったの」 クリフトがこんなにも格好良く見えるなんて。 心臓が煩いくらいに鳴っている。自分でも驚いているのが分かる。男の人を「美しい」と感じるなんて。 「……ありがとうございます」 照れながら苦笑いするクリフト自身は、いつも通り。優しくて、長閑な瞳に心が騒ぐ。 「アリーナ様も、……見せてくださいますか?」 ゆっくりとアリーナの傍に寄って、クリフトは耳元で囁くように言った。なんて低くて甘い声。それだけで心臓が飛び出そうになる。身体の奥が熱くなる。 クリフトの大きな掌がアリーナの服にかかった。 「……うん……」 アリーナは慌てて言った。 「あ、でもね……」 服を取り払おうとする彼の掌を恐る恐る握る。 「私、クリフトみたいに格好良くないし……」 困ったように、恥ずかしそうに、「期待しないで」とアリーナは言った。クリフトの掌と視線をかわすように言い繕う。 「……どうしてそんな事を仰るのです?」 クリフトは、躊躇するアリーナを温かい眼差しで見つめながら、弱々しい抗いの手を優しく遮って、服の結びをゆっくりと解いていく。 「マーニャ姐様みたいにお胸も大きくないし、腰だってくびれてないし……肌だって……」 アリーナの唇はそれでも動いていた。まるで言い訳をするかのような言葉。彼女の服の隙間から下着が覗いたとき、アリーナは自然と手がそれを覆っていた。 「……こんなにも美しいのに?」 チラリと覗いた輝くように透明な白肌を見て、クリフトは微笑んだ。 そのとてつもなく穏やかな微笑にアリーナが見惚れた時、クリフトは胸に止まった小さな手を取り払う。 包み込むようにしてその手を握ると、戸惑い照れるアリーナを見て静かに言った。 「……とても綺麗ですよ。本当に」 「……」 穏やかで、優しい瞳。少し憂いか戸惑いが隠れている蒼い瞳は、私に恋をしてくれているから? 「……ありがとう…………嬉しい……」 アリーナは恥じらいながらも可愛らしく微笑んだ。 そのまま抱き寄せられて、身体の全てがクリフトに包まれる。強い腕に抱かれて、広い胸に埋まる。限りない安心感。他に2つとない安らぎ。 知らなかった。クリフトの胸がこんなにも心地良いなんて。今まで何も知らずに飛び込んでいた胸が、こんなにも心臓を早く打っていたなんて。 アリーナは彼の胸に耳を当てて、静かに口を開いた。 「……クリフトの心臓、ドキドキ言ってるよ」 「えぇ、とても緊張しています」 見上げれば、クリフトは限りなく穏やかな表情でアリーナを見つめている。彼の緊張がどれ程かは分からないが、その微笑に胸が弾けそうになる。 「あのね、私の心臓もドキドキ言ってるの」 胸に手を当てて己の鼓動を感じる。 クリフトに包まれているこの瞬間の自分を、慈しむように。 「……聞いていいですか?」 クリフトはアリーナの胸へと顔を近付けて、大きな掌でその胸を覆った。大きいとは言えないが恥ずかしそうにプックリと膨らんだ胸は、掌に心地よい弾力を与えてくれる。例えようのない柔らかさ。肌の温もり。 「……あ……クリフト……」 胸に広がる光景に目が奪われる。 クリフトが下着の上から支えるように膨らみを手に含み、優しい愛撫を繰り返す。肌を舐めるように這った掌は、やがて滑らかな背中を渉って下着を取り払った。 アリーナの少々の抵抗があったが、クリフトは直に彼女の乳房を愛した。 「ん……」 微かに開いたアリーナの唇から悩ましい吐息が漏れた。 「んん……ん……っ」 どうしてこんな声が出るんだろう。自分でも驚いてしまう。何処から出てくるのだろう? 恥ずかしくて声を押し殺していると、胸に埋まるクリフトが顔を上げて囁いた。吐息の漏れ出るアリーナの潤った唇に、ゆっくりと指を滑らせる。 「我慢しなくて良いんですよ。今、貴女の声を聞く者は、私しか居ません」 そう、彼女の「本当」の声を聞けるのは自分だけ。アリーナの全てを見て触れて、攫める者は自分以外の誰でもなく。本能の奥底に眠る独占欲が身を焦がす。 彼はそうして胸の突起を口唇に含んだ。 「あっ」 アリーナのいじらしい美顔が恍惚に歪む。 「もっと……聞かせて下さい……」 「んん……っ…………、ぁあっ」 融けるような甘い声が出るたびにクリフトが昂ぶる。胸元や下腹に執拗に唇を滑らし、時折に舌を覗かせ官能的な刺激を送り出し、掌はアリーナの全身に触れまわる。 伏したクリフトの瞳は長い睫毛が悩ましげに震え、端正に弧を描いた眉が蠱惑的に歪んでいる。強い愛に打ちひしがれる美しい雄の姿に、アリーナは胸が締め付けられる。 どうしようもなく彼が愛おしい。 そう思って震える指先でクリフトの肌に触れる。たおやかな腕を辿って、幅のある肩から鎖骨に指を走らせる。 躰を重ねて、肌を触れ合う。唇を重ねて、愛を交し合う。 何事にも代えがたい至福の空間。ずっと二人、彷徨っていたい時間。 クリフトの長い指がアリーナの最後の一枚に掛かる。 荒い呼吸の中で温い吐息を交わしながら、二人の視線が繋がる。アリーナは何も言わなかったが、それを彼女の「許諾」と感じたクリフトはそのままそれを取り払った。 「……は……恥ずかしいよ……」 もはや消え入るような声で、切なげに訴えるアリーナの瞳は潤んでいた。頬を朱に染めて、今しがた与えられた愛撫に肌を上気させ、恥じらいに身をくねらす。 「……私も同じになりますから」 何も隠さずに、全てを。 クリフトは深い労りの心をもって彼女に微笑むと、己の下着も脱いだ。先程よりアリーナを求めて膨張していた彼自身が覗く。 「……」 アリーナの視線が恐々と下肢へと移る。彼の上肢に加えて、これも初めて見る男性。雄の本能が疼いている。 「……怖いですか?」 視線に気付いたクリフトが優しく言った。 アリーナは自分とは全く異なる神奇に緊張していたが、 「怖くないよ。だってクリフトのだもん」 努めて明るく言った。 彼女の奥底では恐怖ではないにしろ、不安はあるだろう。それでもそうとは言わないアリーナにクリフトは胸が詰まった。 「アリーナ様」 枕に広がる彼女の豊かな髪を手に取り、愛おしく撫でる。 「……愛しています」 「私も。クリフト」 本当の姿になって、与え合う。 この眼も耳も、唇も。 己の全てが貴方の為に生まれ象られてきたのだと伝えたい。 それからどれだけ愛しただろう。 二人は互いの「本能」に触れ合って、愛撫を繰り返し、吐息を絡めた。官能を与えられた身体は熱を帯びて奥底の声を漏らす。波のように感悦と甘味が押し寄せて、他愛ない肉体を大きく攫っていく。優しい温もりの丘に打ち上げられて、二人、包み合う。 「……あぁ……クリフト……」 「はぁ……っ、……っ」 この上ない幸せに満たされているのに、胸が詰まり、苦しくなる。悦楽に悶え、顔を歪める。締められ、切られるほどのこの辛さは、いったい何処から湧くのだろうか。 「私は……っ……」 しっとりと瞳を伏せたクリフトは誠に耽美に輝いている。深蒼の髪が月に煌き、彼の汗で束になって瞬く。乱れた呼吸の合間に擦れ出る低い声も、アリーナの身体を奥芯から熱くさせていく。 「……うん……っ……」 クリフトがアリーナの表情ひとつで彼女の気持ちが理解るように、アリーナもまた彼の言わんとする意味に気付いていた。そしてそれは自分も望んでいたこと。 「私も、クリフトが欲しい……」 途切れる呼吸を割って言葉を漏らす。 「アリーナ様……」 視線を離さぬまま、クリフトはアリーナの膝を割り、脚をそっと開いた。 潤んだ瞳で見つめ返すアリーナには少々の緊張の色が見えたが、そこに深憂や怯みはなかった。艶を含んだ表情に柔らかい笑顔を湛えて彼を待っている。 もう、「繋がりたい」と思う二人の決意は止められない。 クリフトはアリーナの花弁に己の欲求を押し当てた。擽るように上下に擦ると、アリーナの愛液に絡んだ水音がした。 「あっ……ん……」 「ゆっくり、ゆっくり、いきますから」 ググッと腰を送り出す。 クリフトはアリーナの脇下に手をつき、彼女の顔が辛苦の色を見せないかと不安げに見つめていた。 「あ、あっ……あ……っ」 膣道を押し開いてクリフトが侵入ってくる。 「…………っは……」 クリフトが息を吐き出しながら、深く入り込んで彼女の中を確かめる。暫くした奥で、何か壁のようなものに突き当たる。それはこれまで男を迎えたことのない少女の壁であり、純潔の壁だった。 クリフトは「あぁ……」と荒い呼吸の合間に吐息を漏らし、彼女の生理的な「壁」を自分自身で感じた。 これを越えれば。 そう思ってアリーナを見れば、その顔は苦痛に歪み、震える瞳を固く閉じている。 「あぁ、んん……っん……」 「痛い……ですか……」 当然痛いに決まっている。 クリフトは狭いアリーナの中に入ったことで、それだけで達しそうな程の心地よさを感じてはいたが、愛する彼女の顔を見て、心の奥にチクリと棘が刺さる。 想い人、愛する人とはやはり繋がりたいが、彼女を傷つけたくはない。彼女の細い身体に痛痒を与え、彼女の麗しい顔を苦渋の色に染めるならば。 「やっぱり、やめましょう……」 そう言ったクリフトの声は揺れていた。 「いや、いや」 それを聞いたアリーナは、瞳を大きく開いて首を振った。 「やめちゃイヤだよ……」 戸惑うクリフトの胸の下、震える瞳で懇願するアリーナ。朦朧とする意識の中で、アリーナはクリフトの手を捜し、握る。乱れた息で言葉を続ける。 「クリフトと繋がりたいの……」 大粒の涙が数滴、アリーナの頬を伝った。 「……アリーナ様……」 あぁ、今この女性は、懸命に自分を迎え容れようとしてくださるのだ。クリフトはグッと唇を噛んだ。 心が。魂が。 身体の全てがアリーナに噎び泣く。 彼女の事を何よりも大切にしたい、愛したい、守りたい。心の奥底から湧き上がる愛情に、クリフトは言葉が詰まった。 息を飲んで、彼もまた彼女の覚悟に共する決意を誓う。 「……もう少し、頑張りますか?」 優しく、優しく言う。 「うん、頑張る……」 アリーナがコクンと顎で肯いた。 少しでも彼女の苦痛が和らげばと、クリフトは荒い呼吸を漏らすその唇を吸うと、繋いだ手が強く握られた。 この壁をつき破れば。 「アリーナ様」 「クリフト、クリフト……ッ」 名前を呼び合う。苦痛を分け合う。 この先に待つ二人の園に、茨を踏み分けて鍵を開く。 「……アリーナ様……っ」 今、二人、乗り越える。 子供だった二人の「壁」を、今、打ち破る。 白銀に煌く月が空気を研ぎ澄ます。月光の微明が部屋を荘重に清める。扉の向こうより届く喧騒も、この部屋で水煙に変わる。 否。今の二人にはその微漣すら聞こえない。 「あぁ……繋がりましたよ……」 息も絶え絶えに、クリフトの声が静寂の部屋に沁みた。 「う、ん……」 深い息をして、アリーナの声が小刻みにかすむ。 「分かりますか……?」 「うん……分かるよ……」 今や完全に繋がった二人を確かめるように。打ち破った壁を、乗り越えた苦痛を褒めるように。クリフトは彼女の髪を撫でる。 アリーナは彼の切なげな瞳を慰撫するように微笑む。 「……私の中に、クリフトが居るの……」 「えぇ……」 「クリフトも、分かる?」 「はい」 眼下に横たわるアリーナの微笑は例えようもなく美しい。それは限りなく神々しく、尊く、気高い。 クリフトの声は擦れていた。 「……私が、貴女の中に、居ます」 涙が出る。 なんて素晴らしいことが起きているんだろう。繋がった喜びがこんなにも崇高で高雅なものだったなんて。かけがえのない人と乗り越える壁の向こうが、こんなにも美しい想いに満たされていたなんて。 二人は暫く身体を繋ぎあったまま、穏やかな視線を紡ぎあっていた。 指を絡め、何度も何度も口付ける。 「……なるべく私の目を見ていてください」 クリフトはアリーナの手を己の首にかけ、掴ませた。 「動きますよ」 「……うん……」 その苦痛を私にください。せめて私の身体に貴女の痛みを分けてください。 少しでもその痛みが逸れるように、歪む顔が穏やかになるように。紛らわせられるならば。 クリフトは想いのままに腰を送り出した。アリーナはクリフトの眼を見つめながら、抽挿の苦しみとそれより伝わる彼の愛に涙を溢れさせていた。 「はっ……っアリーナ様……」 「あぁ……お願いっ、名前を呼んで……クリフト……」 アリーナの濡れた瞳は懇願に満ちて、クリフトを詰るように見つめる。彼の首や胸に爪を立てて、小刻みに、弱々しく彼を刻んでいる。 「アリーナ……ッ、……アリーナ……」 クリフトは彼女の手を力強く握り締めた。 「ぁ……っ、クリフト……」 名前を呼ぶ。 心のままに「愛している」と叫ぶ。 その度にクリフトは腰を送り出し、アリーナの奥を貫いた。 「アリーナ……ッ」 それは快楽を感じる行為ではない。 魂を感じること。 宇宙を感じること。 「あなた」という、愛を感じること。 クリフトがアリーナの瞳に唇を落とす。慈雨のように優しくしっとりと落ちるそれに、うっすらと瞳を開いたアリーナは、まるで春の木漏れ日のように安らかな微笑みを見せた。 全てを晒し、捨て、知り合って、与え合う。 そして沢山の「壁」を乗り越えた今は、果てしない悦びに包まれて満たされている。 「隔壁」
二人は小さな窓より見える月を、身を寄せ合って眺めていた。 |
【あとがき】 これが冒険の途中のことなのか、終わってからなのか。また此処はどこなのか。 蛇足かな? と思って敢えて書かないことにしました。 いつだって、どこだっていいんです! 二人の世界なんです(笑)! もう一作、ギャグっぽい「はじめて」を書いたのですが、こちらはあまりにも、 あまりにもヘタレな神官だったので、自粛させていただきました(笑)。 |