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 思うに相手は誰が好きなのかとか、自分が相手を愛していることにどれだけ苦しんでいるかって悶えるのは、解けない命題を前に絶望して佇む哲学者と似ている。つまりは苦しみと同等の快楽をそこから得ていて、だからこそ離れられない、ナルシスの麻薬に引っかかっちまったのさ。
 人間の感情などに真理はない、答えはない。
 寧ろ俺はそんな事を考えるより、より建設的に物事を考えるほうが得だと思ってる。要するにエイトが俺をどう思っていようと、俺たちを取り巻く環境がどうだろうと、俺がエイトという奴を欲している限りは手に入れる為に孜々として計画を練るタイプ。罠を貼って、誘い込んで、首尾よく捕まえたならこっちのもの。あとは美味しく馳走(いただ)くだけ。
 
それなのに。
 
俺を本気にさせておいて、
そりゃあ ないぜ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 四面楚歌よりは寧ろ退路を与えておいて、其の先に罠を仕掛けておく方が思い通りに事が運ぶとは、ククールの掲げる戦略のひとつでもある。追い詰められた獲物は何をするか分からない故に、切(せめ)て逃げ先だけは示してやるのだ。そうすれば、相手の全てを掌握したような気分にさえ浸れる。
「嘘吐き」
「嘘は言ってないね」
 まるで此処まで追い詰められたのは、目の前で花のような微笑を零す男の所為だとばかりエイトは彼を睨んだが、その視線さえ甘い痺れを齎す誘惑にしか見えぬ盲目の男は、これを倖福として受け止めている。
「僕は苦しいのに」
「あぁ」
「君の事で、こんなにも苦しんでいるのに」
「そうか」
「ククールにとっては、どうでも良い事なんだ」
「そうじゃないさ」
 併しエイトの言葉は半分は正解している。ククールにとっては、二人が旅の目的を同じくする仲間であることや、自らが聖職者であること、そして同じ肉体を有していることなどは然したる問題ではない。そればかりか、エイトのように互いを取り巻く背景に葛藤することは、今の行為の熱をより高ぶらせる媚薬にしかならぬものだ。理性を縛る正常な思考は、踵の拍車の如く眼前の情欲を駆り立てて、躊躇するだけ肉体は狂気へと塗れていくだろう。
「嘘吐きはお前だろ、エイト」
「ククール、っや……
「もう2回もイッておいて」
 聞いてエイトの頬がカッと羞恥に染まりあがり、彼の嬌顔に満足したククールがクッと笑みを浮かべる。
 理性とは名ばかりの条理に間誤付く相手には、同じく論理を以て仕掛けるのが効果的であると、これもククールの経験が知っている。彼は胸元の着衣を乱したエイトに布越しで触れながら、その奥で鼓動する心臓に向かって穏やかに問うた。
「苦しいって、どこが苦しい?」
「何処がって」
 呼吸も、鼓動も、本能も。儚い肉体を流れる血潮から、他愛ない神経を疾走する電気まで、エイトという存在を紡ぐ生命の全てが今の快楽と背徳に襲われ震えているのだ。硬くなるそこを解放しただけの状態は、丁度彼の焦燥を表しているかのよう。丸裸にされた方が有難いとさえ思えるほど、今のエイトは淫らな躯(てい)を晒していた。
「こんなの、イヤだよ……
 首筋に執拗な甘噛を繰り返され、押し殺した筈の吐息が荒く漏れる。引き絞った両唇は時折波のように押し上がる官能に開かれ、そこからすり抜ける弱い嬌声がククールの耳を酷く擽った。
「なぁ、エイト」
 快楽を手放しで得るには、欲するという最も醜い感情を解き放たねばならぬ。蓋し思考と良心の檻に囚われた今のエイトには、脆い障壁を覆す何かが足りない。そう、だからこそククールは、その問に呼応する解を差し出すために、彼を囲い込まずに一路へと導くのだ。
「その苦しさは、でも何処か心地良いだろ?」
「あくぅ、っあぁ」
 快感に歪む幼顔に囁き、ククールは愛撫を強くする。
「認めてしまえよ。気持ちいいって」
「っ、あっぁ、あっ」
「もっと欲しいって、言えよ」
「はっ……やっ、やぁっ」
 首を振って拒絶を見せるのは、狂おしい快楽の故にか、それともククールの言を認めることに対してか。エイトは広げた脚を小刻みに震わせて官能を味わっている。纏う生地は硬く彼を縛り、甘美な刺激を享受する自由を奪われ、エイトは時折身悶えて微動する。その嬌態を堪能している男の嗜虐心は更に高ぶり、形よい紅の唇は、蠱惑的に動いてエイトの耳元に近付いた。
 それはまるで網に掛かった獲物ににじり寄る蜘蛛のよう。決して一撃では仕留めずに、ゆっくりと嬲っては藻掻く姿を愉しむ残虐な食事。ククールは脳裏で我が姿の醜さを嘲り、眼前で身悶える美しい馳走に向かって皮肉を呟いた。
「また逃げるか? 俺の蝶々」
 なんならその羽根、毟り取ってやるぜ。
 歪んだのか、微笑を湛えたのか。鋭く上がった妖艶な口角を伏し目に見たエイトは、それから眩暈のする程淫靡な銀糸に全身を紡がれ、やがて熱く高ぶったそのしなやかな肉体を毒の牙で貫かれた。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 堕ちてしまえば良いのに、我が恋人は何度責め立てても理性に背こうとはしない。それを具に感じるのは、何度身体を繋ぎ合おうとも己の掌中に収まらぬ彼の奔放さに遭った時。
「ククール、起きなよ」
 低血圧も程々にしろとばかり強い口調が振り落ちて、朝日に擽られたククールが長い睫毛を震わせると、そこには昨夜の欠片などは微塵も見せぬ愛しの男。確かに彼を抱いて寝た筈が、己の腕にあるのはただの枕で、肝心のエイトはと言えば、これから戦争でも仕掛けるのかという完全装備で身支度を整えている。
「ほぁ?」
「今日はドルマゲスを倒しに行くって言ったろ」
 あれだけベッドを軋ませてアンアン言わせた筈の彼は見る影もなく、朝の眩しい陽光を背にした今のエイトにはパーティーのリーダーらしい覇気が漲っており、強い意志に溢れた精悍な顔貌は、凡そ彼がその年齢とは思えぬ童顔さえも雄勁に見せている。
 呆気に取られたククールがまだ半身も起こさぬうちに、エイトは武具の確認を入念に行っており、何ならこの宿屋ででも一戦交えようかという程の気合いの入りよう。愛用の槍の鋭い輝きを瞳に映す姿は成程救世の勇者らしく、普段の彼からは余程察せぬ殺意の強さは、彼を待ち受けるドルマゲスにこそ憐れみが浮かぶ。
「やる気十分だな」
「勿論、殺る気さ」
 癖のついてしまった銀髪を乱暴に掻いてククールが冗談半分に言えば、冗談ではない言がこちらも見ずに返ってくる。穏やかな性格からは想像もつかぬ殺伐とした台詞に、ククールは一瞬目が覚めた。これもエイトという訳か。
 溢れる闘志を隠さぬまま槍を見つめるばかりの彼を見つめたククールは、その冴えた横顔に向かって不意に毒吐く。
「この男前」
 それは感嘆の溜息というより、降参の末の嗟嘆であろう。ククールは艶やかな銀の前髪を掻き上げながら、美しい失笑を零してエイトを見た。
「まずいな」
 捕まえられてるのは俺の方。
 あれだけ愛して我が手中に堕としたと思ったのに、本気になって火が点いたのは真逆(まさか)の自分。手に入れたのは彼でなく、彼に焦がれて燻る自らの劣情だったか。
……参ったね」
 自虐は得意なククールであるが、心底このような気持ちに陥ったのは多分初めてであろう。抜けるような朝日に麗顔を照らされたククールは、清々しい敗北感に浸りながらクックと笑って再び枕に身を埋めた。
「今日はお前に抱かれてもいいぜ」
「な、何言ってんのさ」
 早く支度してよ、と己の身体を揺すられる、その揺動が心地良いと、彼は再び夢に堕ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【あとがき】
エイトは二面性があったらカッコイイ!なんて、
カワイイだけじゃ収まらない彼の魅力を訴えてみました。
クク主好きの人に少しでも伝わればと思います。
 
投票に参加してくだすった皆様に☆
どうもありがとうございましたっ!!
 
 
 
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