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「 決 戦 前 夜 」
 
 
 
 
 
後に吟遊詩人は語る。
長い旅の末、導かれし者達は伝説の天空城に赴き、竜の神に光り輝く剣を授かり、地の底へ向かった、と。
 
 
次の日、自分達はデスピサロのもとへ向かう。
そのため、各自疲れを癒し、英気を養うために一晩、ルーシアが用意してくれた部屋で休むことになった。
クリフトは一人、部屋にいて書物に目を通していた。
同じ部屋で眠るはずのソロは「一人にしてくれ」と言ったきり、戻ってこない。
デスピサロの手により彼の故郷の村が滅ぼされた、と聞いたのはずっと後になってからだった。
自分以外の者すべて・・・家族や恋人まで。
色々と思うことがあるのだろう・・・
 
デスピサロ・・・その名を自分は今までにもよく耳にしていた。
エンドールの武術大会に現れた、挑戦相手を必ず殺す、という残忍な男。
予言の力を持ち、地獄の帝王の復活を知った我が王。サントハイムの神隠し事件はそれからまもなくして起こった。
事件の真相を追っていくうちに、この男にたどり着いた。
ブライ様は言っていた。
場内の者をすべて隠す、もしくは移動させるルーラの魔法のようなものだろうと考えると、術者は我々の想像もつかぬほどの魔力の持ち主だと考えられる・・・そんな者はあの者を置いて考えられん・・・と。
昼間、突然天空城を襲った閃光。
「奴だ・・・進化の秘法に身を委ね、自我を失いかけながらも人間に対する憎しみで満ちている・・・」
マスタードラゴンはそう言った。
愛のために我が身を滅ぼしても復讐を誓う魔族・・・クリフトは手を祈りの形に組み、顔を伏せた。
厳しい戦いになるだろう。おそらく、エスタークの時以上に。
 
・・・わたしのキックをお見舞いしてやるんだから!
 
深い闇に真っ向から立ち向かわんとばかりに光り輝くそれは、亜麻色の髪をなびかせ、不敵に笑う。
・・・そんなアリーナ様に私ができることといえば、全力でサポートするのみ。
今までそうだったから。そうして来たから、これからも・・・
 
『これからも・・・?』
・・・もし、この戦いでサントハイムの皆が戻れば、すべてが元に戻る。
それは今の旅の終焉を意味していた。
頭を過ぎるのは旅の記憶。
 
長い旅の中、そこではアリーナ様も『仲間』の一人だった。
ソロさんは友人のように。マーニャさん、ミネアさんは姉のように接し、アリーナ様もお二人を『姉様』とお呼びしているほどだ。
最初、いい顔をしなかったブライ様も、ついには諦めて何も言わなくなり。
同じ食事を肩を並べて食べ、野宿の時は魔物に襲われたことを考えてすぐそばで眠り、馬車の外にいる時はどこまでも歩いた。
・・・使命を帯びた厳しい旅だったが、時には楽しいこともあった。
皆が笑っていた。
自分も笑っていた。
思えばそんなことはたくさんあった。
いつの間にか、これからもずっと続くような錯覚に囚われていた。
いずれは終わる・・・分かってはいたものの。
終わらせなければならない。
全てが元に戻るだけだ。
アリーナ様は一国の姫に、ブライ様は姫の教育係に、私はしがない神官に・・・
いつかこの旅が思い出となる時が来る。
素晴らしい事ではないか。そうなれば・・・
 
なのに自分は眠れずにいる。
体力と魔法力を回復させるには質の良い、充分な睡眠が必要だというのに。
少し、外の空気を吸ってこよう。
・・・この、何ともいえないモヤモヤをどうにかしなくては。
 
夜の天空城は静まり返り、月の光に照らされ、神秘的な輝きを放っていた。
そんな光が差し込む回廊を一人歩く。
頭に浮かんだのは一人の少女。
一国の姫であり、最強の武闘家であり、主君であり、そして・・・
 
月の光が差し込む窓からバルコニーが見え、そこに、その少女が佇んでいた。
 
亜麻色の髪をなびかせ、遥か彼方まで続く雲海を眺めていると・・・
「夜風はお体に障りますよ」
「・・・ありがと、クリフト」
かけてくれた外套に手を添え、アリーナは礼の言葉を口にした。
「雲の隙間から町が見えるの。キラキラしていてとてもキレイ・・・」
「そうですか・・・でも、夜更かしはいけませんよ。特に明日は大事な日ですから」
ぶーっと頬を膨らませるアリーナ様が微笑ましい。
「クリフトは何してたの?」
「寝付けないので少し散歩していました。すぐに戻るつもりでしたが・・・そんな薄着でバルコニーにいらっしゃるアリーナ様が見えたもので」
「・・・色々考えてたの」とアリーナ。「デスピサロをやっつけたら、お父様達本当に帰ってくるのかしら・・・」
クリフトは口ごもった。確証などどこにもない。
ブライ様の言葉も、仮説でしかない。
「・・・いいの。聞いてみただけ。やってみなきゃ分からないわよね。わたし、ワクワクしてるの・・・武術大会での決着がようやくつけられるんだから!」
「・・・怖くありませんか?」
「全然! お父様達を助けることができるのはわたし達だけなんだから。それに・・・あいつを止めなきゃ。イムルに出てきたデスピサロは可哀想だとおもったけど、だからって人間すべてを滅ぼそうとするなんて間違ってる・・・ロザリーさんもそんなこと絶対望んでない」
語るアリーナの横顔をクリフトはただただ見つめていた。
闇の中で光り輝く星のような強い意志が眩しかった。
「強いですね・・・あなたは」
「うん! 最近、キラーピアスにしてからいい感じなの! これでデスピサロだってイチコロなんだから! ・・・あっ!」
急にアリーナが声をあげたので、クリフトはぎょっとした。
「どうか・・・されましたか?」
「いつか言おうと思ってたの。わたしの側にいてくれてありがとう、って。・・・あのね、わたしがお城を飛び出した時、ブライと一緒に追いかけてきたでしょ? その時はただお城の暮らしが嫌で、自由になりたくて・・・それだけだった。地獄の帝王とかそんなのなくて・・・世界を救うとか・・・夢にも思わなかった」
アリーナはクリフトに向き直った。
「・・・クリフト。あなたまで巻き込んでしまってごめんね。お父様の命令でこんなところまで・・・」
「・・・王の命令ではありませんよ」
「えっ!?」アリーナは素っ頓狂な声を出した。
「あの時、バルコニーからあなたが飛び降りるのが見えて・・・すぐに後を追いました。何もかもほったらかしにして出ていったものですから、一度城に戻った時に周囲からこっぴどく叱られましたよ」
「そうだったの!? ごめん・・・ブライはお父様からお願いされていたって言ってたから、てっきりクリフトもそうだと思ってた・・・」
旅の始めはもう二年も前になる。
なのに、今まさに城から脱出せんとする主君の姿を認め、近くにあった棍棒と少しの薬草とゴールドを手に、走ったことは鮮明に思い出す。
「わたしは最初から自分の意志でここにいます。神隠しに遭う一人よりも、あなたの側にいて、少しでもあなたの力になれるほうがずっといいです。いざとなったらあなたの身代わりになることもできますから」
「・・・っ!」
いきなり最強の武闘家の平手打ちを食らい、クリフトは狼狽した。
「・・・アリーナ様?」
「そんなこと言うんだったら明日連れて行かない!!」アリーナは叫んだ。「わたしはクリフトに死んで欲しくない!」
「臣下として、主君のために死ぬのは当然です」
もし片方死ぬというのなら、私は喜んでこの命を差し出すというのに。
「・・・さっき言ったこと嘘だった」アリーナは茫然と呟いた。「・・・わたしはクリフトが死ぬのが怖い」
クリフトははっとした。
聞き違いだと疑うほどの小さな声。
「もちろん皆にも死んで欲しくないよ! でも・・・クリフトは一番嫌なの! 絶対やだ!!」
言葉の終わりは涙声。
「・・・アリーナ様」
「じゃ、姫として命令するならクリフトは死ねないよね? 明日、絶対死なないって誓っ・・・」
 
何かが、自分を突き動かした。
いつも縛ってる何かが緩み、心の奥底に秘めていたはずの思いが、突然行動を起こした。
結果、アリーナを抱きしめていた。
「・・・お許しください・・・アリーナ様。私が間違っておりました」
アリーナは驚きで目を見開いていた。
それほど強い抱擁ではないはずなのに、なぜか胸が苦しい。
それなのに、ずっとこうして欲しいと思うのは不思議だった。
「・・・うん。分かってくれたらいい」
ようやくそう口にしながら、顔が熱い。心臓は煩いほど音をたてている。
「あなたはお優しい方です。私のような臣下に・・・」
「クリフトだから・・・わたしはクリフトのこと好きだから死んで欲しくないんだよ!!」
「・・・!」
身体中を引き裂かれるような衝撃を受け、震える身体を抱きしめながら、クリフトもまた震えた。
 
あなたが動かなければ、前に進みませんよ?
 
以前、ミネアさんが自分を占ってくれた時、彼女は微笑みながらただ一言そう言った。
意味がいまひとつわからず、多分私は間の抜けた顔をしていたのだろう。
前途多難だわ。
横でマーニャさんがケラケラ笑っていた。
 
自分は馬鹿だ。
これほど真っ直ぐに思いを向けてくださっていたのに・・・私は逃げていた。この方から。
報われるはずのない想いは辛いだけで、向き合うことすら怖かった。
普通に話し、戦いでは肩を並べ、食事も共にする・・・今は当たり前のように側にいても、すべてが終わったらあなたは一国の姫に戻られる。
そして、いつかはどこぞの王子と結婚されるのだろう。
諦めなくてはいけない想いだった。
サントハイムの皆を一刻も早く助けたい、と心から願っているのに、旅が少しでも長く続くことを心の底で願っている・・・ただ、あなたと少しでも長く共にありたかったから。
「私の方こそ、あなたに言いたいことがありました」
「えっ?」
「あなたをお慕いしておりました・・・ずっと前から」
「・・・!」アリーナは当惑した表情を浮かべた。「クリフトは優しいから、わたしのためにそう言ってくれるの?」
なんということをおっしゃるのか、この方は。
「いいえ」クリフトは自嘲する。「私はそんなに器用な人間ではありません。大切な使命がありながらも、あなたや皆さんといたいがために、この旅が終わって欲しくない、と僅かでも願ってしまった愚かしい人間です・・・あなたにそのように想ってもらえる資格など」
「そんなの! わたしも一緒だよ! ソロや、マーニャ姉様やミネア姉様、それにライアンさんやトルネコさん、ブライも・・・皆、戦いが終わっても一緒にいたいよ。旅をしていたい・・・そうしたいけど、デスピサロをやっつけたら、皆、自分達の家に帰るんでしょ?・・・無理なんだよね。 あ、でも時々皆で会ったりするぐらいはできるよね?」
「ええ」クリフトはきょとん、とする。
この方は不思議だ。さっきまで自分が悩んでいたことが滑稽にさえ思えてくる。
「だから! クリフトは悩むことなんかないんだよ! わたしはクリフトが大好き。クリフト以外じゃ考えられない。城に戻ってもずっと一緒にいたいよ」
真っ直ぐすぎる告白は神学に通ずるものがある。
本来、人が人を愛することは自由だ。
だが、人には、人自身が作ってしまった壁が存在し、多くの人々はそれに打ちひしがれ、涙する。
わたしも、そのひとりだった。それなのに・・・
情けない私が超えられなかった壁を、この方はいとも簡単に超えてきてしまう。
それは強さ。私が欲しくてたまらなかった強さ。
だから、私はこの方にこれほど惹かれるのかも知れない。
「あなたのその強さを分けていただけませんか?」
「・・・? いいけど・・・でも、どうやって?」
真剣な表情をしたクリフトにドキドキしていると、その瞳が一気に近づいた。
二つの唇が重なる。
こういう時は瞳を閉じるものだということをアリーナは知らず、そのまま固まった。
 
「・・・殴られるのは覚悟していました」
唇を離した後にクリフトが言い、
「そんなことしないよ!!」顔を耳まで真っ赤にさせながらアリーナは叫ぶ。
「強さを分けてあげたんだから、もう大丈夫だよね! だから・・・一緒に、生きて帰ろう? ね? 約束!!」
「はい、必ず・・・あなたと共に」
 
 
異形の魔物が導かれし者達の前に姿を現した。
銀髪の端正な顔つきをした魔族の王の姿はどこにもなく、そこには、人間達を滅ぼすべく誕生した自我のない怪物の姿だけがあった。
 
「行こう、クリフト」アリーナは少しも怯まずに真っ直ぐに敵を見据え、頷くクリフトと、他の仲間達と共に駆け出して行った。
 
終わりのない明日を共に歩むために・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【感謝】
うわぁん、クリアリを頂戴しちゃいましたっ☆
なんて可愛らしい二人。ドキドキしながら読ませて頂きました☆
デスピサロを追う旅は終わりかもしれないけど、
これからは「終わりのない明日を共に歩」んでいくんですね。
なんて素晴らしい。なんて素敵。
 
ありがとうございましたーっ!!!
 
 
 
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