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「ただ、あなたに喜んでもらいたかったから」
 
 
 
 
 
ミーティアは悩んでいた。
それはつい先ほど、城の外庭を一人で散歩していたところ、飛んできた紙切れを何気なく拾ったのがきっかけだった。
そこには・・・
 
「キミもパフパフを体験してみないかい? パッフィーちゃんのやわらかさをぜひあなたにも! ただ今新会員様募集中!!」
 
パフパフって何かしら・・・? ミーティアは目を丸くさせた。
「姫様!平和になったとはいえ、お一人で外に出られてはなりません!」
侍女達が血相を変えてやってくる。
その慌てぶりから、かなり自分を探していたのだろう。
ごめんなさい、と一言謝ってからミーティアは彼女達に聞いてみた。
「・・・あの、パフパフとはどういうものなのでしょう?」
「さぁ・・・何でしょう? わたしも初めて耳にしました」
「都会で流行ってるアクセサリーのことかしら? それとも・・・?」
侍女達は顔を見合わせて首を傾げた。
 
ミーティアが次に訪れたのは兵士達の訓練場だった。
彼女の姿を認めると、兵士達は訓練の手を止め、一礼する。
「これはミーティア姫。このようなむさ苦しいところへ・・・いかがされましたか?」
「エイト隊長に御用ですか? 隊長は今日は見回り勤務です。もし、お伝えしたいことがありましたら伝えておきますけど」
「いえ、いいんです」とミーティア。「ところで皆さんはパフパフをご存知ですか?」
一瞬にして静まり返る訓練場。
皆、激しく咳き込んだり、目をそらしたり、何事もなかったように訓練に戻ったり。
「・・・隊長が聞いたら、喜ぶんじゃないですかね」
「・・・しっ!」
誰かが、ニヤニヤしながらうっかり口に出してしまい、口止めされたが遅かった。
「エイトが喜ぶことなのですか!」
ミーティアがぱあっと明るい笑顔で、すがるような瞳で迫っていた。
「エイトが喜ぶことならぜひお願いします! 教えてください!」
兵士達は困った顔を見合わせた。
 
・・・絶対、トロデ王には聞かないでくださいね。
 
結局、それだけ言われただけだった。
エイトが喜んでくれるのなら教えて欲しいのにどうして皆さん教えてくださらないのか。
お父様には聞いてはいけないって言われてるし・・・ますますわからなくなってきて。
一人、悩んでいると・・・
「ミーティア姫!」
ゼシカとククールにバッタリ出会った。
「まぁ! お二人ともお久しぶりです!」
ミーティアは顔を輝かせる。
「あの『結婚式脱走事件』以来ですよね」ゼシカが笑う。
「いつもフラフラどこかに行ってるククールがひょっこりリーザス村に現れたんです。せっかくだからエイト達に会いに行こう、って。ヤンガスとゲルダも呼んだんだけど、連絡がつかなくて」
「俺を遊び人みたいに言わないでくれ」
ククールはムスッとふてくされた。
「何? 世界中の女の子に声をかける旅じゃなかったの?」
「・・・俺って信用されてないよなぁ」がくりとククールが頭を垂れる。
 
分かっているわよ。
ゼシカが心の中で呟く。
あなたが世界を回る旅を続けているのはお兄さんを捜すためだって。
ま、口にしても絶対に否定するだろうからあえて言わないけど。
 
「俺はゼシカと違って、姫のそのお美しい笑顔のためだけにここに来たのです」
ミーティアを熱っぽい視線で見つめ、その真っ白な手を取り口付けしようとするククールはふと、殺気を感じ。
「ちょ・・・ゼシカ、物騒だからそのグリンガムの鞭、しまってくれないか?」
「お二人はいつも仲がよろしいのですね」
ころころと微笑むミーティア。
「・・・どこがですか?」
ゼシカは大きくため息を吐き、
「そういえば考え込んでいたみたいだったけど・・・何か悩み事?」
ゼシカもククールも本当は遠目から一度ミーティアの姿を見つけている。
その時、名を呼んだのだが、当の本人は考え込んでいて気づいていなかったのだ。
「・・・ええ、実は」
ミーティアは二人に話した。
 
「・・・ですから、わたしはエイトに喜んでもらいたいためにパフパフを知りたいのです」
ゼシカは絶句した。
訓練場にいた兵士達はさぞかし困ったことだろう。
トロデ王が聞いたらそれこそ近衛隊長であるエイトを呼び出し、
「ワシの可愛いミーティアに何を吹き込んだのじゃ!!」とかなんとか言って、無実無根なエイトにどでかい雷を落としかねない。
「なるほど、そういうことね」
ククールはミーティアの手を取った。「簡単なことです。俺が手取り足取り姫に教えて差し上げ・・・」
「・・・メラゾーマかベギラゴン、どっちがいいかしら?」
「・・・どっちも嫌です。あの、ここ一応城の中だから止めとこう、ね?」
魔法発動の直前に起こる光の帯文字がフッ、と消え、危険な表情をしていたゼシカはニッコリ笑ってミーティアに向き直った。
「分かりました。このゼシカがパフパフを教えて差し上げます!」
 
数時間後・・・
勤務が終わり、一息ついているエイトのもとへ、
「お疲れ様でした、エイト」
花のほころぶような笑顔のミーティアがやってきた。
「姫、何か嬉しそうですね」 
「はい! えっとですね・・・ミーティアはエイトに喜んでもらおうと思いまして、頑張りましたの!」
姫はこういうところが可愛らしい、とエイトは微笑ましく思う。
「ありがとうございます。でも、僕は姫が笑っていてくださるだけで嬉しいですよ」
それは本心だった。
  呪いで城をイバラで包まれ、王が魔物に、姫が馬の姿に変えられたあの日のことを思えば。
なのに・・・
「パフパフです!」
「っ!・・・はぁ!?」
エイトは仰天し、それこそ『腰を抜かした』状態になった。
「ゼシカさんに教えていただいたんです! とっても簡単で、わたしにも・・・」
得意げに語るミーティアにエイトは早口でまくし立てる。
「ち、ちょっと待ってくださいって」
ゼシカ・・・姫に何を教えたんだよ・・・エイトは頭を抱えた。
「ゼシカさんとは違って、わたしはあまり上手に出来なくて・・・形もよくないのですが・・・」
「姫っ!!」
形って何の!? 顔がカーッと赤くなるのを感じる。
これはきっと夢だ。
きっと自分は疲れておかしな夢を見ているんだ・・・そうだ、そうとしか思えない。
しかし、この甘い匂いは・・・ん?
両手で、目の前に突き出された小型のバスケット。
可愛らしい花柄の布がかけられていて・・・
うつむいたミーティアが真っ赤な顔をしながら、それを突き出しているのだった。
甘い匂いが漂うそれを、エイトは呆気にとられながら受け取り・・・
布を取ってみると、フワフワしたケーキのような、パンのようなものがいくつか入っていて。
「・・・これは?」
「パフパフです!・・・ごめんなさい。ゼシカさんはもっと上手なのに・・・わたしが作るとどうしてもおかしな形になってしまって。エイトはこういうお菓子はお好きではありませんか?」
「いただいてもよろしいんですか?」
「はい!」
城の小間使いをやっていた頃に見ていたので、ケーキやパンの作り方は何となくわかる。ミーティアは簡単だ、と言ったが、それらを作るのは意外と大変なのだ。
厨房でゼシカに教わりながら自分のために頑張る姫の姿が容易に想像できて、恐れ多くもあるが、正直嬉しい。
一つを口にいれるとほんのり蜂蜜の香りがして、甘味が口の中を漂った。
「・・・とってもおいしいです」
「本当ですか! とても嬉しいです・・・あの、喉が渇くでしょう? あちらのテーブルにお茶を用意しているんです」
喜ぶミーティアの笑顔を見ながら、エイトは「これでいい」と思う。
もちろん、全く期待してなかった、と言えば嘘になるのだが・・・
 
「初めてパフパフを作ってみて、お食事を作ってくださってる方々の気持ちが分かったような気がします」
「姫、あの・・・申し上げにくいのですが、このお菓子がそういう名前なのはちょっと・・・」
「あら? パフパフはいけませんか? わたしはとても可愛い響きだと思うのですが・・・でも、エイトがそう言うのなら。それじゃ、せっかくなので名前はエイトが考えてくれますか?」
「はい、僕でよかったら喜んで」
 
木漏れ日の下、お茶とケーキを楽しむ二人を遠くに見ながら、ククールは苦笑いした。
「いいのか? あれで」
「いいのよ」ゼシカは身体を反転させて、木の幹にもたれかかった。
「あの二人はあれでいいの」
「ゼシカが教える! って言った時はてっきり・・・」
「・・・今、変な事考えたでしょ?」
「・・・あのなぁ。でも嘘はいけないぜ、ハニー? エイトはがっかりしてるんじゃないか? ・・・同じ男として同情するよ」
「エイトはアンタと違うわよ」
「ハイハイそうですか」
ククールは幹に手をやり、彼女に近づく。
「だったら、俺には本当のパフパフを教えて欲しいんだけど」
魅惑の眼差しでゼシカを見つめ・・・
 
凄まじい爆発音と共にテーブルが激しく揺れ、ティーセットやらケーキを乗せたお皿なんかが一斉に跳ねる。
危うく熱いお茶がかかりそうになったミーティアをすかさずエイトが庇い・・・
「じ・・・地震!?」
ミーティアが動揺すると、
「いえ」エイトはため息を吐いた。「・・・マダンテですね。ゼシカの」
「魔物が現れたのでしょうか!?」
「いえ・・・ククールがまた何かやらかしたんでしょう」
ミーティアは一瞬きょとん、としてから
「まぁ・・・それでは薬師様かお医者様をお呼びした方がよろしいですね」
「いや、それなら神父様を呼ぶべきでしょう」
「はぁ・・・」 
「僕が行きます。ザオラル使えますから。姫はここで待っていてください」
「わたしも一緒に行きます!」
ミーティアは一度言い出したら聞かないのをエイトはよく知っている。
だから手を出した。
「それでは行きましょう、姫。地面が陥没していると思われるので、足元にはお気をつけください」
「は、はい!」
ミーティアはその手を取り、二人は駆け出した。
今日はあの時のようなウェディングドレスではないから、走るのは簡単だった。
願うことなら、このままどこまでもエイトと一緒にいられたら・・・そう思い、ミーティアはひそかに頬を赤らめた。
 
それじゃ、せっかくなので名前はエイトが考えてくれますか?
 
・・・本当はあの時、僕はもうあのお菓子の名前を決めていた。
白くてふわふわしていて、優しい味のするあれは・・・まるであなたそのものだから。
 
それは、雲ひとつない青空の下で起こった、トロデーン城でのほんの小さな出来事。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【感謝】
今日もトロデーンは平和だ…(悦)。 ←クク以外は。
姫は健気さと純真さと天然が絶妙なバランスで配合されてて、
エイトの心を翻弄しながら何度も好きにさせてしまう、
ものすごーい素敵な人だと思います。かわいすぎ。
 
ありがとうございましたっ♪
 
 
 
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