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PRINCESS
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君の事以外は何も考えられない

 
 エイトは最近、どんどんミーティア姫の事を好きになっていく自分に戸惑っていました。自分でも不思議なくらい彼女の事を考えてしまいます。時としてそれはとても激しいものになってエイト自身を苦しめます。
 これは病気だとエイトは思いました。せめてミーティア姫に気付かれないよう、彼女の前にはできるだけ行かないよう努力しました。見ればその身に触れて、抱きしめたいという思いが強くなるからです。今は城と仕事のことだけを考えて、自分自身を冷静に取り繕ろうと思っていました。
 
 一方のミーティア姫もまたエイトへの想いを強くしていました。サヴェッラ大聖堂での一件は、今でも色褪せることなく姫の胸に温かく残っています。エイトが大聖堂からこの身を連れ出してくれたあの時、ミーティア姫は弾む心で彼の手に引かれていました。このままエイトの花嫁になりたいとも思っていたくらいです。
 しかし今はと言えば、二人はそれぞれの仕事に追われて会話も十分にできません。大聖堂で見たエイトのあの笑顔を、ミーティア姫は毎日のように思い描きました。そしてその度に今の切ない身にため息がでるのです。
 
 トロデ王はそんなため息ばかりついているミーティア姫を不憫に思い、エイトに命令しました。ミーティア姫に休暇を与え、その護衛をエイトに任せたのです。彼女の望む所へ連れて行き、羽を伸ばしてやりなさい、とのことでした。
 
 エイトは戸惑いながらも命令に従いました。なるべく彼女に会わないようにしてきたつもりが、二人きりで何処かに行かなくてはならないなんて。エイトはそう思いながら、ミーティア姫の部屋の扉を叩きました。
「エイト」
 輝くばかりの笑顔でエイトは迎えられました。嬉々として見つめるミーティア姫の微笑みに、彼はどう応えてよいのか分かりません。エイトはトロデ王より受けた命令を説明すると、何処に行きたいかと彼女に問いかけました。
「ミーティア、前より訪れたい所がありましたの」
 侍女より事情を聞いていたミーティア姫は、待っていたかのようにエイトの袖を引っ張り彼を急かしました。その姿さえ可愛らしく愛おしいと感じてしまいます。
「あの泉へ連れていって下さい」
 
 
 
 
 
 二人は旅の途中でしばしば訪れた不思議な泉に来ました。
「懐かしいですね」
 エイトが静かに言いました。泉は今もなお変わらずに、湖面に光をキラキラと反射させて、辺り一面を照らしています。
「お馬さんだった頃を思い出します」
 ミーティア姫は嘗てそこで水を飲んだ時と同じように泉の淵に座り込みました。軽装に身を包み、手で地に生える草花を撫でるその姿は、童話に出てくる娘のように美しくあります。
「エイトも座って」
 白く細い手で招いてエイトを隣に促します。
……失礼します」
 エイトは戸惑いながらもストンと隣に座りました。ミーティア姫は嬉しそうにエイトを見つめました。彼女の視線を感じて、エイトは照れて下を向いていました。
「旅を終えてしまうと、あの頃が懐かしく感じられます」
……姫には大変な思いをさせてしまいました」
 申し訳なさそうにエイトが言いました。
「ミーティア、あれでも旅を楽しんでいたのよ」
 いいえと、その言葉を遮るようにミーティア姫が口を開きます。彼女は続けました。
「エイトにお世話をして貰えたのは嬉しかった……。勿論、エイトに呪いの解けない姿を見せるのは辛くありましたけど」
 ミーティア姫は頬をリンゴのように赤らめました。
「エイトがこの泉に連れてきてくれる度に、胸を躍らせていました。人間の姿でエイトに会えるから……
……
 聞いてエイトは顔が火照っていくのに気付きます。旅をしていた頃は、人間の姿に戻った姫とお話するのをエイトも密かに楽しみにしていました。それがミーティア姫も同じであったことは彼を更に戸惑わせます。
 自分も貴女に会いたくて、泉へ来るのを心待ちにしていました。そう全てを告白したいとエイトは思いました。隣で頬を赤らめる愛しい姫に自分の想いを曝け出したくなります。何かを言いたい気持ちと、それを隠して落ち着きたい気持ちとで、エイトは何も言えませんでした。
……
……
 お互いに顔を赤らめて湖面の輝きを見つめています。暫くの沈黙が続きました。
 二人はドキドキして熱く火照っているというのに、周りからは爽やかな木々のせせらぎが聞こえます。遠くでは小鳥が軽やかに歌を歌い、大空に浮かぶ白い雲はゆったりと流れていきます。
 フワリと風が二人を撫でていきました。ミーティア姫の美しい黒髪が風になびいて遊びます。舞い上がる黒髪をまとめようと耳元に手をもっていく姫の姿はとても綺麗です。まるで泉の妖精が戯れているようなその姿を見て、エイトは声が出ませんでした。姫の美しさに魅了されて、ぼうっとしてしまいます。
「あっ、痛……っ」
 一瞬、ミーティア姫は眉をひそめました。
「どうされましたか」
 はっとしてエイトが近づきます。
「急に指が切れて、」
 見ればミーティア姫の小指からは、小さな切り口から少し血が出ていました。
「血が――」
 エイトは咄嗟にミーティア姫の小指を取って、無意識のうちに流れる血を唇で吸い取っていました。小指の節をチュッと啄ばみ、口で赤い血を拭います。
……
 ミーティア姫は驚いて瞳を瞬かせました。
 エイトの仕草が、そう、まるで王女様の手にキスをするおとぎ話の王子様のように見えました。小さい頃に夢見ていた求婚の仕草を思い出します。自分の手に触れ、伏し目に唇をあてるエイト。ミーティア姫は彼の前髪を通して見えるその長い睫に、しばらく見惚れてぼうっとしてしまいました。
……
「、これは失礼を」
 我にかえったように、エイトが気付いて唇を離しました。
「僕の指じゃあるまいし、」
 冒険をしていた頃は、モンスターとの戦闘以外で回復呪文をかけることは殆んどなく、仲間内では「舐めておけば治る」という台詞が共通の認識でしたが、ミーティア姫にはそうもいきません。
 エイトは慌てて袋からハンカチを出すと、彼女の指にそっと当てました。  ミーティア姫は、エイトに触れられたことなど全く嫌だとは思いませんでした。むしろエイトの唇の感触が離れたことを心の隅で残念に思ったくらいです。
「いいえ。エイトのおかげで血が止まりました」
 ミーティアが指先を見つめながら言いました。血の滲まない白いハンカチを外して見せて、頬を赤らめて微笑んでいます。
「まだ当てていて下さい」
「はい」
 かすり傷は既に血を止めていたのですが、エイトは照れているのでしょうか、吸い跡を隠すように再び指を覆いました。
「僕のバイ菌でも入ったら大変です」
「まさか、」
 エイトの言葉にミーティア姫は噴き出して笑いました。エイトも微笑みました。
 優しい風が吹き抜けて、木々はたおやかに身を揺らし、さらさらと葉のかすれる音が響きました。二人は周りの木々に合わせて、その風にしばらく身を任せました。
 暫くの沈黙の後、エイトが静かに口を開きます。
「かまいたちですよ」
 ミーティア姫の指先を差して、エイトは言いました。
「かまいたち?」
 ミーティア姫はキョトンとしながら、ハンカチを当てた自分の指を見つめました。大きな瞳をパッチリと開けて好奇心を見せる姫の姿は、とても可愛らしくあります。
「悪戯なイタチさんね」
 でも姿は見えなかったわ、と。
 ミーティア姫が不思議そうな面持ちをしたので、エイトは笑って続けます。
「自然のバギです」
「バギ?」
 よく分からないけれど、エイトって物知りなのね。ミーティア姫は隣に座るエイトの優しい横顔をにこやかに眺めながらそう思いました。
 とりとめのない話。小さな事で不思議がって、面白がって。こんな会話をずっと続けられたら、とミーティア姫は思いました。エイトが自分だけを見つめて、自分だけにお話をしてくれたら、これ以上に嬉しいことはないと思いました。
 二人はしばらく泉の前でお話ししました。旅の思い出に懐かしがり、ときおり笑いあって、楽しいひとときを過ごしました。今までの緊張や苦しさが解き放たれたかのように、二人はほがらかな笑顔を見せています。
 太陽か傾いて、風が冷たくなってきました。空が紅に染まろうとしています。
 エイトが申し訳なさそうに「もう戻らなくては」と言いました。ミーティア姫は少し淋しそうな、残念そうな顔を見せましたが、次には笑顔を見せました。
「ミーティア、もう人間の姿に戻りましたけど、また連れてきてくださいね」
 この時間が惜しいのは二人とも一緒です。しかしミーティア姫は頑張って微笑みました。次にきっとある、今日のような小さな幸せを期待して。
「はい」
 この姫には敵わないとエイトは思いました。守らねばならない存在なのに、時折見せるこの強さにエイトはとても惹かれるのです。エイトもまたミーティア姫に笑顔を見せていました。
 ルーラを唱えようとエイトがミーティア姫の手を握ります。小さくて、すっかり手の中に収まるくらいのミーティア姫の手は、ほんのり温かく感じました。
 
 
 
 
 
 ミーティア姫を部屋まで送って、エイトは兵舎に戻ります。
 先程まで繋いでいた手はまだ少しだけ温かく、その温もりはエイトの心に留まっていました。泉で見たミーティア姫は泉の水に劣らず輝いていて、風になびく花に負けないくらい美しかったのです。エイトはベッドに腰掛けながら、今日の事をずっと考えていました。
 それはミーティア姫も同じで、彼女は自室でその手を見つめていました。微かに切った小指の小さな傷。エイトの唇が触れて、胸が弾んだ傷。小指に唇を当てた時に見せたエイトを思い出すと、胸のドキドキが止まりません。
 もう、心が止められない。
 ますます二人は二人に恋に落ちていきます。ちょっとしたことで胸がドキドキして、それがどんどん大きくなって、身体を熱く切なく締めるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 君の事以外は、何も考えられない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 タイトルはミスチルの同名の曲より引用しました。
(歌詞の内容などは小説とは無関係です)
世代がバレるネタ、第2弾。
 
 
 
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