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PRINCESS
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僕達の新しい家族

 
 朝の目覚めは何事もなかった。少々体に浮遊感があったのは、昨日の疲れかもしれないと思った。身支度を終えて朝食に向かおうとした時、僅かに頭痛がした。
「ミーティア、顔色がすぐれんのう」
 トロデ王が心配そうに声をかけた。大丈夫です、と答えたが、この時は本当に大丈夫だと思った。しかしテーブルに並べられた朝食とその匂いを嗅いだ途端、ミーティアは吐き気を催した。
「ミーティア!」
 トロデ王の声を背に、ミーティアは調理場の水流しまで急いで駆けて行った。
「姫!」
 朝食の場まで供をしていた侍女が慌ててミーティアに駆け寄った。トロデ王も恐る恐るやってくる。
「本当に大丈夫かの……
 心配ありませんとミーティアが言おうとした時に2度目の嘔吐をしたので、トロデ王は近衛兵を呼んだ。
「医者を呼んでくれい!」
 
 
 
 
 
 側に居た近衛兵は、城のかかりつけの医者を呼ばせる。厩舎から手早く駿馬を出し、使者には「急患」だと強調させた。
 にわかに城が慌ただしくなったので、夜勤だったエイトが兵舎から起きてきた。彼の姿を見つけた近衛兵は大急ぎで駆け寄ってくる。
「隊長! 姫が今しがた――」
 エイトは半分も聞かないうちに駆け出していた。昨日は夜勤でミーティアの側に居てやることは出来なかったが、その間に何が起こったというのか。すぐさまエイトはミーティアの部屋にたどり着く。
「おお、エイト!」
 ミーティアがベッドに横たわる隣にトロデ王が座っていた。こんなに不安げな王の姿は見たことがない。
「先刻、医者を呼ばせた」
「そうですか……
 エイトはミーティアを見た。唇が真っ青だ。
「エイト」
 目を開けたミーティアが息荒いエイトに気付く。彼女の瞳は弱々しく、肌もいつものように輝いてはいない。
「大丈夫?」
 何に怯えているのか、不安に満ちた表情のエイトにミーティアはニコリと微笑んだ。彼女がベッドの中から手を差し出したので、咄嗟にエイトはギュッと握った。手が汗ばんでいる。
 その様子を横目に見ながらトロデ王は口を開いた。
「エイト。先程ミーティアとも話しておったんじゃが」
 エイトはミーティアの手を握りながら王の話を聞く。
「その、最近はどうなんじゃ?」
 その口調で言いたい事が何かは分かる。こんな時に言うなんて、とエイトは明らかに驚いていた。
「ぬかりなく事を営んではいるかの?」
「え、ええっと、……はい、まぁ」
 エイトが頬を真っ赤に染めた。それを見ていたミーティアも顔を赤らめて微笑んでいる。
「決まりじゃ!」
 エイトのたどたどしい返事でも、トロデ王の確信は真実のものになった。
「ミーティアは身ごもっておる!」
 トロデ王はピョンピョン飛び跳ねた。驚いた二人は顔を見合わせる。ミーティアが妊娠? 二人の子供を宿している?
 少し離れた所では、先程の侍女がとびきりの笑顔で二人を見つめていた。
「何を間抜けな顔しとる! 大いにめでたい事じゃ! ワシの孫〜」
 エイトは再びミーティアを見た。顔色は良くないけれど、恥ずかしそうに自分を見つめるミーティアは嬉しそうだ。期待と喜びに満ちた蒼白の顔にエイトは言葉が見つからない。
 トロデ王がしばし小躍りしておると、扉を開けて医者がやってきた。ミーティアの診察に入るため、侍女はトロデ王とエイトを部屋から外させる。トロデ王は嬉々としてエイトを小突きながら出て行った。二人は部屋の前で診断を待つ。
「しっかしエイト、ようやった!」
 エイトは何を言ってよいのか分からず、自分でも昂揚しているのか、呆然としているのか分からなかった。
「本当に……?」
 誰に問うわけでもなく、独り言のように呟いている。
「何を言う! ワシの目に狂いはない! 侍女に聞けば月の物も遅れているという」
 間違いない、とトロデ王は息まいて言った。エイトは暫く黙ってしまった。
 扉の前で待っている時間が、物凄く長い時間に思われる。
 
 
 
 
 
 しかし実際の診察は短かった。時間的にも医者が扉を開けて出てきた表情でも結果は分かる。ミーティアは妊娠していなかった。
「急性胃炎ですわな」
 医者の言葉に、トロデ王はガックリと肩を落とした。
「なぁに、すぐ治りますわな。ではお大事に」
 スタスタと医者は帰っていった。彼を呼び寄せた使者がそれについていく。エイトはその後ろ姿を見て、再びぼうっとしていた。
「浮かれすぎてしまって、ミーティアにも不憫な事をしたのぅ」
 一気に暗くなった膝元のトロデ王は、とぼとぼとミーティアの待つ部屋に入る。
「お父様、エイト」
 少し顔色の良くなったミーティアが、ベッドから起き上がって彼らを待っていた。侍女もまた残念そうな面持ちで二人を迎える。
「ごめんなさい、ミーティアはまだ、」
「ええんじゃ、ええんじゃ。ぬか喜びしたワシが悪かった」
 トロデ王は心から反省しているようだ。ミーティアの手を握り、彼女の心を労わりながら誤った。
「まずは元気を取り戻さねばのう。今日は確りと休みなさい」
 ミーティアがコクリと頷いた。うんうん、とトロデ王も頷く。少し離れた所で黙って見ていたエイトを呼んだ。
「ほれ、エイト。何をボサッとしておる」
 トロデ王は彼をひっつまんでミーティアの側に寄せた。
「今日は日勤かの」
「いえ、昨日が夜勤でしたので昼までは」
「今日は非番にせい」
 トロデ王は急遽エイトを休ませた。
「お前が側に居た方がミーティアも喜ぶ」
 ミーティアはその言葉に微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様」
 うむ、と一言いって、トロデ王は小走りした。
「では邪魔なワシは退散するぞ」
 トテトテと可愛らしく走るトロデ王に、促されるように侍女もまた退出した。パタンと扉が閉まって、エイトとミーティアは二人きりになった。
 
 
 
 
 
「ごめんなさい、エイト」
 ミーティアが申し訳なさそうな面持ちで言った。一番残念だと思っているのはミーティアの方であるのに、彼女はエイトを気遣った。
「ううん。それよりも早く元気にならないと」
 エイトは微笑んで彼女の隣に座った。あまり感情の読み取れないその笑顔なものだから、ミーティアはまだ不安だった。
「ガッカリしたでしょう?」
 気付いてエイトはクスリと笑った。
「ガッカリも何も。正直、頭が真っ白になった」
 エイトは半身を起こすミーティアの手を再び握って言った。
「子供を授かったって聞いたときはビックリだった。全然想像がつかなくて、どうしようって。そうじゃないと言われたとき、なんだかホッとしてた」
「エイト」
 握り合った手と手を見つめながらエイトは続けた。
「お医者さまがきて、診察の間、王様と二人で待ってたんだ。あの時はすごく不思議な気分だったよ。父親になるって、あんな気分なのかな」
 言葉尻は苦笑が混じっていた。照れをかくすように笑った瞳が優しい。ミーティアも微笑んだ。
「私もお医者さまに言われるまでは、少しだけ母親の気分でした」
 二人がクスリと笑いあう。繋ぎあった手をベッドに置いて、二人は身を乗り出してキスをした。
「今回はお預けでだったけど、」
 エイトの額がミーティアの額にくっついた。お互いに上目で見つめあう。
「二人の子供、欲しいね」
 ミーティアが頬を赤らめて頷いた。言ったエイトも顔が赤い。
 
 
 
 
 
 夜勤を終えて睡眠の途中だったエイトを気遣って、ミーティアは彼をベッドに促した。今日はトロデ王の言葉で休みになったし、一日中二人は一緒に居られる。
 ミーティアの体に障ると気兼ねしたが、彼女がもう平気だと言うのでエイトは抱いた。髪から足先まで、丹念に、時間をかけて愛する。シーツの掠れる音と荒い息遣いが重なる。己の想いを伝える為に互いに体を結び合う。甘く長い時間。
 身を寄せ合って、小指を絡めて眠る二人。まどろむ瞳で愛の言葉を交し合う。
 まだ幼くて初々しい夫婦。しかしいつかは新しい家族がきっとくる。その時まで、二人はずっと恋人同士のように愛し合っていきたい。そんな約束をした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 子供を「授かる」。
それは「作る」ものでも「できる」ものでもないと思うのです。
 
 
 
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