HERO
 
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PRINCESS
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裸のクチビル
 
 
 
 トロデーン城の復活1周年を記念するパーティーは、領内すべての都市や村に通達したこともあってか、その日が近づくにつれ国中が慌しく華やかになり、連日のように農村で行われる祭のお囃子には、関所の役人すら拍子を合わせて踊りだすほどの大賑わい。その関所を通るのも、人の群れを求めて旅する大道芸人の類と、バザーを開く移動商人くらいなのだから、やはり平和になったものである。
 このトロデーン城下の直近の町でも人々は宴を催しているらしく、夜のテラスには闇に浮かび上がる色とりどりの灯と、音楽や喧騒が微かに届いていた。
 エイトは涼しい夜風に前髪を撫でられながら、テラスより広がるトロデーンの景色を眺めている。
 城内の大広間は既に大勢の来賓で溢れており、エイトはトロデ王の命によって、パーティーの支度を整えたであろうミーティア姫を迎えにいくところだった。
「エイト様、」
 廊下を歩いていたところで女官に声をかけられる。扉の前で待っていた彼女は、エイトの姿を捉えると同時に、何か訴えるような眼差しで見つめいるようだった。
「ミーティアの準備は?」
「えぇ、ご用意は出来ておりますが、」
 普段の彼女ならば、ミーティアを国の至宝とばかり自慢気に話すのだが、今の発言を渋るような口調からすると、仕上がりが思わしくないのだろうか。
 エイトが事情を聞こうと口を開いたその時、ミーティアの部屋の重厚な扉がゆっくりと開いた。
「エイト」
 侍女の後から姿を現したミーティアは、どこがおかしいというのだろう、エイトには目も眩むほど美しい彼女が瞳に飛び込んでくる。
 輝くようなドレスより白い肌を惜しげなく晒し、艶やかな黒髪を結い上げた先には亡き后君の形見であるティアラを乗せるミーティア。夜の宴に相応しい色香が仄かに感じられるのは、やや発色の強い紅を唇に挿しているからか。
 凛と引き結ばれた口角が緩んでエイトの名を紡いだ時、彼は不覚にも時を忘れて惚けていた。
「エイト。お待たせしましたね」
「ミーティア、」
 その後の言葉が続かなかったのは、彼女のあまりの美しさ故にか。
 エイトでなくとも今宵の彼女には狼狽するだろう。月光を浴びたような麗しさを漂わせる今のミーティアは、人を虜にする魔力がある。エイトの後ろに控えていた女官は、彼の姿を見てはじめて微笑んだミーティアにようやく安堵の色を見せた。
「今夜の出席者は?」
「こちらでございます」
 控えの間に向かうまでの間、ミーティアは女官長より来賓簿を受け取って出席者を確認する。誰から挨拶をすれば良いのか、どのような話を持ち出すか、フロア内での行動は全て事前に打ち合わせるのが普通である。
「こちらの方は先々王の時分に共闘した盟友の――
 ミーティアが視線を落とす先を追って説明を加えていく女官長の言葉を、エイトもまた聞いている。
 その間にも側仕えの侍女達が彼女のドレス裾や化粧を忙しなく確認しており、まるで取り囲まれた形になるミーティアの姿を、エイトは窮屈ではなかろうかと遠巻きに見守っていた。
「トロデーン領にも諸侯が結構居るものね」
 一通りの説明を聞き終えたところで、ミーティアが息をつく。
 それが皮肉に聞こえたのは、彼女の機嫌が思わしくないことに気づいていた女官だけではなかっただろう。
「城があんなになった時は誰も助けてはくれなかったのに」
「ミーティア姫」
「えぇ、もう言いません」
 女官長の言葉を遮るようにミーティアが立つ。それを合図に近衛兵が扉を開き、盛大な音楽とともに光を浴びてミーティア姫は歩き出した。
「宴が始まります」
 誰に言うわけでもない言葉がエイトの耳を掠めると、彼女は大勢の来賓客の拍手の海に飲まれていった。
 
 
 
 
 
 トロデーン領内の王侯貴族にとってサヴェッラ大聖堂での一件は、チャゴス王子の人格的不徳なる故にサザンビーク国との盟約を正統に破棄したのだという解釈が強く、だからこそミーティア姫の相手を強く推薦する理由となっている。
「誰か良いお相手はお決まりですかな?」
 トロデ王や本人には面と向かって聞けぬものの、その側に仕える者には口が軽いと見える。
 近衛隊長という彼等と近しい身分に預かるエイトは、宴において内部事情を聞きだす最良の相手として袖引くように話しかけられた。もともと口上手でないのが功を奏したか、大抵は聞くに不便と途中で解放してくれるものだが、彼女を本気でどうにかしたいと思う者は違う。
「姫君に求婚のお話などは?」
「あのような美しい方をいつまでも独り身にさせておくのはいけませんな」
 大勢の貴婦人の中にあっても決して存在感を隠させぬ美貌。夜に咲く一輪の華の如く眩く輝く彼女を流し目に見ながら、何人かの貴族がグラスを傾けて話していた。
「私の息子にミーティア姫と変わらぬ年齢の者が居りましてね」
「いやぁしかし、息子には勿体無い。私が立候補したくらいで」
 会話の殆どがミーティア姫の結婚の話。畏れ多くも「身内側」としては聞くに堪えないものだ。
 言葉に間違いはないだろうが、内容はあまりに下卑びている。エイトは喧騒の海に身を投じた彼女が好奇の晒し者となっていることに胸を痛めながら、彼女を見た。
 美しいミーティア。しかし彼女が美しいのは、内面より溢れ出る笑顔の故にだ。
 しかし、この中の誰がその事実を知っているというのだろう。誰が彼女の身に降り掛かったおぞましい呪いを知り、過酷な運命を背負いながらもトロデーンの為に毎晩祈り、サヴェッラ大聖堂ではどんな思いで家臣の自分に手を差し出したか、誰が、誰が。
 そうしてざわめくフロアに光を辿って彼女を捉えようとすれば、
「ミーティア?」
 美しい彼女の姿が見当たらない。
 ほんの一瞬までは確りと捉えていた筈が、忽然と姿を消している。
「、っ!」
 慌てたエイト無礼を承知で人ごみを掻き分け、凡そ近衛隊長とは思えぬと自覚しつつ、靴音を立てて走っていた。
「ミーティアは」
「えっ……えぇっ? あぁぁっ!?」
 何故見失った?
 周囲の近衛兵に聞きながら己を叱咤する。給仕の者や女中に聞いても皆首を振るばかりで、エイトは益々焦ってフロアを駆けた。ただ、グラスを持ち合う人を縫っての移動では思い切り走ることも出来ず、エイトは彼らの会話を耳に掠めながら、扉という扉を確かめて大広間を巡った。
 
 
 
 フロアは彼女の話で持ちきりなのに、居なくなった本人を探す者は居ない。
 まるで品定めするかのような会話の海に、嫌悪感だけが増してくる。
 耳が痛い。耳が痛い。胸が痛い。
 
 
 
「、ミーティア!」
 彼女は階段の隅に座っていた。小さく身を縮め、膝を抱えて俯く姿は昔よく見たような気がする。
「エイト」
 彼の声に気付いたミーティアは少し笑顔を見せると、胸に手を当てて苦しそうに笑った。
「古き盟約から解き放たれても、私はまた次の結婚の約束をせねばならないようです」
 こんな時さえ、何故敢えて微笑むのだろう。
 エイトは階段に足を掛けながら、しかしそれ以上は進めずに黙って彼女の佳顔を見つめる。
「結婚を申し込まれています。いくつも、いくつも……
……
 知らなかった。来賓が口々に彼女の結婚話を持ち出しているのは、既に互いにアプローチを掛けていたからだったのだ。
 エイトは心臓が苦しく鼓動を打つのを感じながら、拳を握って彼女の声を聞く。
「私は何の為に此処に居るのか、分からなくなる時があります」
 裾が汚れるのも構わず、階段に小さく腰掛けていたミーティアは、か弱い吐息を吐きながらゆっくりと立ち上がると、階段に掛けられている歴代の王の肖像画を仰いだ。
「人は何の為に生きているのかしら」
 結婚という謀略の道具か、それとも話の肴か、見世物か。そう言って振り向いたミーティアの大きな瞳は、その目尻に光る雫を乗せていた。
「私は誰の為に着飾っているというの」
 誰の為に。何の為に。
 涙が溢れる、頬が濡れると思った瞬間、エイトは駆け下りて彼女に手を伸ばしていた。
「ミーティア」
 華やかな化粧を施した花顔が悲しみに滲んでいる。
 震える想いに長い睫毛が瞬いて、儚げな涙を零そうとすれば、エイトの指がそれを拭ってそこに留まる。
「エイト」
 そっと触れられた彼の大きな右掌は、そのままミーティアの頬をすっぽりと覆って優しく包んだ。顎のラインを象るように滑った親指は、続く彼女の両唇に触れて、ゆっくりとそこに乗った鮮やかな紅を拭う。エイトの親指によって取り払われた口紅は、そこから口端を汚して頬にまでかかった。
「ミーティア」
 艶やかな朱を唇の外に挿して汚れたミーティアはしかし更に美しく、偽りの赤を取り去って裸になった彼女の唇は、淡く吐息を漏らして真実を告げようとしていた。
「もう、偽りたくないの」
 輝くばかりのドレスも、母后より受け継いだ眩いティアラも、口紅も。王女として美しくあることに罪の意識しか生まれない。今目の前に居る一人の男性を見れば、その想いはますます強くなって胸を苦しめる。
「エイト」
 あなたを指す愛しい言葉しか言えない。でも好きだとは決して言えない。
 多くを語らぬミーティアの潤んだ瞳が悲痛に訴える。愛を紡げぬ唇は、ただ裸になって震える。
「ミーティア」
 
 
 断る言葉もない。
 刹那、エイトは彼女の唇に乗った紅を拭うように口付けていた。
 
 
 ここは宴が行われているフロアと扉を一枚隔てただけの廊下。重厚な扉より華やかな音楽と喧騒が僅かながら漏れてさえいる。
 いつ誰がここを通るか分からない。こんな所で二人佇んでいることすら訝しがられるというのに、どうしても離れることが出来ない。唇を放すことが出来ない。
 エイトはミーティアの細腰を強く抱き寄せ、震える背中を撫でながら、彼女の顎を持ち上げて深く唇を落とす。そうして口紅はエイトの唇にすら移り、ミーティアの両唇は深いキスで赤く染まっていく。
 キスが苦しいのは、それが息も出来ぬほど強く激しいからではない。
「エイト、エイト」
 ミーティアは唇の隙間より漏れる吐息に焦がれるように名を呼んで、彼の腕に抱かれた。
 
 
 
 
 
 トロデーンが茨の呪いより解き放たれて1年。
 復活を記念する今宵の宴は、まだ解き放たれぬ二人を残し、盛大な花火を挙げて終わろうとしている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 穏やかそうな二人が衝動に身を任せていたら、アツい。  
 
 
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