HERO
 
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JESSICA
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 トラペッタの南、リーザス地方との境となる関所で、エイトはゼシカを待っていた。
 彼女の家までルーラで迎えに行こうとすると、今やリーザス村の警備隊長と副隊長であるポルクとマルクが攻撃してくるので、二人の待ち合わせ場所は自然と此処になっていた。
「エイトッ」
 今後、彼等とどう接するべきかを考えていたところ、ようやくゼシカが現れる。
「ゼシカ」
 駆け足気味に笑顔でやってくる彼女に、エイトが微笑む。
「ごめん、ごめん。ポルクが出先を尋ねるものだから、困っちゃって」
「ポルクが?」
「そう。また私が何処かに飛び出していくんじゃないかって見回っているのよ!」
 彼女が旅に出た後、リーザス村を任されたとばかりに「警備」と称して一人前の顔で村中を駆け回っていたポルクとマルク。彼等は世界に平和が戻ってくると、それを自分達の功だと自負するようになった。旅を終えてからというもの、最近は母親のアローザ以上にゼシカに対する監視の目を厳しくさせたようで、ことあるごとに外出理由を聞かれるようになってしまった。
 ゼシカは今日も小さな警備隊員達に尋問されたことを思い出して苦笑する。
「エイトが絡むと、あの子達特にうるさいし」
 よそ者の関係者。旅をしていた頃はそう思われていたエイトも、今は扱いが変わった。
 世界を救った勇者の筈が、リーザス村の子供達二人にとってはマドンナの心を奪った泥棒男で、エイトは先日「ゼシカ姉ちゃんをとるな」とポルクに棒で追い回された。
……
 苦い記憶が蘇って、エイトは苦笑する。
 頭を掻いて返答に戸惑う彼を見て、ゼシカはクスリと笑った。
「大丈夫! 今日はちゃんとエイトとデートするって言ったから」
「え! 言ったの?」
 エイトは驚いてゼシカの顔を見る。
「勿論よ。それで許可が出たんだから。あれだけヤキモチやいても、エイトの事は認めてるみたい」
 ゼシカはそう言うと、意地悪そうにウインクして見せた。
 閉口するエイトの手を引っ張って彼の歩みを促すと、ゼシカは突然走り出す。
「わっ」
「街まで競争ね!」
 急に手を取られて引き寄せられたかと思うと、彼女はその手を一気に離して全力で走り出す。
「ちょっ、ちょ……待、」
「負けないんだから!」
 振り返らず一直線に駆けていく彼女の背を見つめながら、エイトもつられて走り出す。
……本当は一緒に歩いて行きたかったのに)
 仕方ない、とエイトは苦笑してゼシカの後を追った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
トラペッタ

 
 
 
 
 
 
 
 
 近衛隊長としてトロデーン城で勤務するエイトと、リーザス村で子供達を相手に魔法学校を営むゼシカは、時々こうして待ち合わせて出かける。お互いの休日が合致する少ない機会を大事にして、貴重な時間を共にする。
「ミーティア姫、元気?」
「うん。ただククールがね、“まだ弱い所見せられない”って頑固だから」
「あいつってば!」
 オープンカフェでの会話を弾ませていると、花壇の並びが美しい石畳の回廊から、この町に住む少女ユリマが声をかけた。
「あら、エイトさん」
「! ユリマちゃん」
 大きな袋荷物を抱えたユリマは、その隙間からエイトを伺い、笑顔を綻ばせる。その姿を見たエイトはすかさず荷物を受け取った。
「手伝うよ」
「ありがとう」
「凄い荷物だね」
 その量に「いったい何日分なの」と驚いているエイトにユリマが微笑む。
「忙しくなって。買い出しは一週間分、私がまとめてしてるんです」
 父親であるルイネロの占いが当たるようになり、商売は繁盛しているらしい。
「ルイネロさん、元気?」
「えぇ。とても元気です。占いの調子も良いみたいで」
 ルイネロは忙しさに顔をしかめつつも、客を迎えては真剣に占い、毎日を充実して送っているという。父の姿を嬉しそうに話す彼女に、エイトも自然と笑みが零れた。
「エイトさんには本当にお世話になって……その節はありがとうございました」
「僕の方こそ、旅の頃は無料で占って貰えて助かったよ」
 苦笑を交えてエイトが言うと、ユリマはそういえば、と思い出して微笑んだ。
「夜、ふと起きたらエイトさんが父と話してるから、ビックリしちゃったのよ」
 聞いてエイトは気まずそうに頭を掻いた。
「あー、うん。気付いてた?」
「えぇ、何回か」
 そうした何気ない談笑がしばし続く。二人のやりとりを聞いていたゼシカは、まるで蚊帳の外に置かれた気分で、呆けるように一部始終を眺めていた。彼女の姿に気付いたユリマは、エイトを見て紹介を促す。
「あ、彼女は一緒に旅をしていたゼシカだよ」
……ゼシカです」
 ゼシカはにこやかに自分を見つめているユリマにどんな表情をして良いか分からないまま、ぎこちない笑みを作って挨拶をした。
「まぁ、あなたがゼシカさん」
 ユリマがパッと瞳を大きくする。
……?」
「エイトさんが何時もお話をなさるから、初対面の気がしなくて」
 口元に手を当ててクスクスと笑うユリマ。
 今しがたの彼女の言葉を濁そうと、エイトは顔を赤らめながらも切り出す。
「そ、そんな事はないよ」
「嬉しそうに旅のお話をなさる時は、いつもゼシカさんの事でしたわ」
「あー、うーん、その、」
 口下手に戸惑いながらも言い繕おうとするエイトの姿を揶揄うようにユリマは畳みかけたが、話題である当のゼシカはどうもその輪に入れない。
 彼女はただ二人の会話を聞き流しているようで。
「後でうちにもいらして下さい。きっと父も、ゼシカさんがどんな人だか知りたいと思いますから」
「う、うん」
 二人でゆっくりとトラペッタを楽しんでいってください、と彼女は言って街路を去っていった。その姿を見送ったエイトは、今の会話で焦って流れた背中の冷や汗を感じる。やや躊躇してゼシカを見やると、彼女はずっとユリマの後姿を眺めていた。
……?」
 エイトはいつになく遠い瞳をしたゼシカの顔を覗きこみ、不思議そうに声を掛ける。
「ゼシカ?」
……知らなかった」
「え?」
 ゼシカは遠くに投げかけたままの視線で呟く。
「知らなかった。エイトが占い師さんの所に行ってたなんて」
 気付けば彼女の表情は、呆然というよりも、無知を知った顔。新たな発見に素直に向き合って、驚いている顔。
「旅の途中で、悩んでたなんて」
……
 それを聞いたエイトは、少し照れたように言う。
「誰にも言えない悩みだって、あったよ」
 特に旅の不安の事は。
「仲間には僕が困ってる所、見せたくなかったし」
 それは一行のリーダーとしての意思というよりも、自尊心。決断をする自分が迷ってはならないという自負であり、意地。
 今となればそれこそが己の弱さであった。エイトはそう思って恥ずかしそうに頬を染める。
 ゼシカはそんな彼を見て、しばらくの沈黙の後に呟いた。
……ユリマさんて、私がまだエイトと旅をする前に出会った人なんでしょ?」
「? うん」
「そういうの、知らないし……旅の途中にも行ってたなんて、そんなのも知らなかったし……その、なんだか、嫉妬しちゃうよ」
 これまでに見たことのないゼシカの動揺は、嫉妬心か。エイトはようやく気付いた。
「ユ、ユリマちゃんに会いに行ってた訳じゃないよ」
……理解ってるけど……
 ゼシカ自身でさえ、初めて味わう感覚かもしれない。
 勿論、二人が出会った頃は、旅をしている途中まではお互いに淡い感情を抱きながらも結ばれてはいなかった。そしてあくまで自分中心だったゼシカは、始まった恋にのめり込むあまり、自分と知り合う以前のエイトの過去、特に一行が出くわした事件など聞こうと思わなかったのだろう。
 それはユリマに対してでもエイトに対してでもない、自分自身が「知らないこと」に対する嫉妬。
「ゼシカ」
 複雑な固い表情のままのゼシカを宥めるように、エイトが口を開く。
「僕は、やっぱり男だから、」
 暗黒神を倒した勇者とはいえ、一国の近衛隊長であるとはいえ。
 ゼシカを前にした自分は、彼女の隣の自分は、恋をした普通の男でしかない。見せかけだけ強がっている、弱い男でしかないのであって。
「特にゼシカにはそんな格好悪いところ、見られたくないよ」
 少しでも君に良く見られたくて、少しでも君の瞳を繋ぎ止めておきたくて。
 隠れた所で誰かに縋りついている、恥ずかしい男。
 様々な恥ずかしさに頬を染めるエイトを見て、ゼシカは落ち着いてから一息つく。
……うん。……でも、ちょっとヤキモチ」
「ヤキモチ?」
「うん」
 そうしてエイトがゼシカの顔を覗きこむと、彼女は戸惑いか憂いの表情で言いようのないもどかしい感情と向き合っているようだった。大きな瞳はいじらしく躊躇に輝いている。
……
 こんな瞬間は不意打ちのようにやってきて、エイトの胸をきつく締め上げる。今すぐにでも彼女を抱きしめて、自分の腕に閉じ込めたくなる。
「ゼシカ」
 照れが辛うじて身体を突き動かす恋の衝動を止めてくれた。エイトは頬をほんのりと染めて言葉を続ける。
……妬いてくれるのは嬉しいし、そういうゼシカも可愛い」
 聞いてゼシカの頬も、次第に桜色に染まり出す。
「なにそれ」
 彼女が怒るのは恥じらいを紛らわせる為だということを知っているエイトは、上気した頬を可愛らしく膨らませるゼシカの視線を柔らかく受け止める。
「ルイネロさんに会いに行こっか」
……え?」
 不思議そうに首を傾げたゼシカの頬は、元通りになった。
「ルイネロさんには、ゼシカの事、本当によく話していたんだ」
 エイトはゼシカの手をそっと取る。
「すごく元気で可愛いのに、勇ましくて、怒るとすぐマダンテするって」
「何よそれ!」
 エイトは続けた。
「占いはよく当たるし、間違った事は言わない。僕が尊敬してる人なんだ」
 真っ直ぐな瞳で、エイトは目の前の恋人に言う。
「僕とゼシカの相性、占って貰おうよ」
 ゼシカは驚いた。
……
「あ、もしかして心配してる?」
 黙ったままのゼシカを揶揄うように、エイトは冗談を言った。
「そんなことないよ!」
 慌てて否定したゼシカに、エイトがすぐさま言葉をかける。
「僕には自信があるよ」
 更にゼシカは閉口する。
 彼がこんなセリフを言うとは思わず、吃驚して言葉を失ってしまう。
……なによ、それ」
 そんな言葉、不意打ちに言わないで。胸がドキドキして締められるのに、そんな笑顔を見せられたら、なんだか口惜しいじゃない。
 互いの感情を探るように上目に見詰め合って、二人は微笑んで手を繋ぐ。
「行こう」
 眩しく輝く太陽を浴びて、エイトとゼシカはルイネロの家に続く階段を駆け上っていった。
 
 
 
 
 
 そうしてゼシカはルイネロ親子の家に行き、エイトには「僕の恋人です」と堂々と紹介され、彼を驚かせていた。
 ルイネロの手の内で七色に変化する水晶球をしげしげと見つめながら、二人はやや緊張気味に占いの結果を聞いていた。晴れやかに顔を綻ばせて喜んだかと思うと、次の言葉には消沈し、または頬を紅に火照らせ、二人を前にしたルイネロ親子にはにこやかに笑われていた。
 その後は紅茶を勧められ、親子との会話を満喫した二人は、陽の傾きを窓越しにみて家を出る。
「帰ろっか」
 夕暮れの街並みを歩くゼシカの背にエイトが言う。
「送るよ」
 ゼシカが振り向くと、にっこりと微笑んだエイトが傾陽に映えていた。
「ポルクとマルクに“遅い!”って怒られないうちに君を帰さないと」
 聞いてゼシカが苦笑する。
「村まで送ってくれるの?」
「うん」
 エイトは穏やかに微笑んでいたが、その瞳は真剣だった。
 彼等からマドンナを奪ったのは確かである。彼女を愛してこうして独占しているからには、非難や嫉妬の目を浴びても仕方がない。しかし、追い回されるからといって逃げるのは、ゼシカに対する誠意に欠ける。
「君がちゃんと僕とデートしたんだって、理解ってもらわないとね」
……
 彼女の恋人である以上は、村の警備隊員にも認められなくてはならないだろう。
……嬉しい」
 ゼシカが照れて俯いた。
「そう言って貰えると、僕も嬉しい」
 微笑してゼシカの手を取ると、エイトはルーラを唱えようとした。
「待って」
 途端にゼシカが声を掛けてそれを制する。
「歩いて帰ろ。一緒に」
 繋いだ手はそのままに、ゼシカは可愛らしく微笑んで、もどかしそうに頼んだ。
……うん」
 それは今日はじめて彼女に会ったときの自分の感想と同じもの。
 エイトは満面の笑みで彼女に応えた。
 
 
 
 
 
 トラペッタの町が、オレンジ色の温かい光に満ちていく。
 やがて紫の空に星が輝いて、静かな凪を連れてくる。
 
 夕陽は紅に二人を照らし、その影を長く長くしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 私の中でポルク&マルクはゼシカ親衛隊です(笑)。
かわいらしい村の近衛兵として、エイトに対抗心を燃やし(笑)。
打倒エイト! 本物の勇者さまにライバル心メラメラ。  
 
 
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