HERO × JESSICA |
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食事の前に何をするかとか、葬式の時はどうするかとか、はたまた怒った時はどんな仕草をするかとか、故郷も育ち方も違う僕等にとってそれぞれの文化や習慣を聞くことは楽しくて、これまで色々な街に足を運ぶたびに話題になっていた。
それが今回はお祝いについてで、苦労の末にラプソーンを倒した僕達が「ご苦労!」という王様の労いだけで終わった事に対するククールの愚痴が発端だった。僕は王様から有り難いお言葉を頂けただけで名誉だったけれど、臣下どころかトロデーン国民でさえないククールにはどうやら物足りなかったらしい。
「じゃあお祝いでもする?」
何も誰かに誉められたくて戦った訳じゃないと呆れながらゼシカがこう提案したことで、僕等は4人だけでどんなお祝いができるかを話し合うことになった。
「酒でも飲み明かしやしょう」
「それじゃ普段と変わらねぇ」
旅の間はとにかく情報が欲しくて酒場に行ったものだから目新しさがない。ヤンガスの意見を取り下げたククールは、しかしそれに代わる良いアイデアも浮かばないまま、整った細顎に長い指を宛てて考える。
「俺が居た所じゃ、祝いの日には一晩中お祈りしてたな」
「根暗でげすな」
「だろ? 辛気臭ェ」
まるでお祝いの雰囲気ではないと二人が唸った時、ふとククールの切れ長の瞳が僕に注がれ、「お前はどうよ」と発言を求められる。僕が二人の会話を聞いて思い出していたのは、王宮ではお祝いの時に何をしていたかということで、
「ミーティア姫の歯が入れ替わった時は、国中にスコーンを配ったような」
「そりゃ俺達には無理だ」
即座に却下されてしまう。
「パヴァン王やクラビウス王に頼んで御馳走して貰おうぜ」
「強請(ゆす)りや集(たか)りは良くないわ」
それにどうせなら4人で、ささやかでも何か特別なことをと、ここで視線を集めることになったゼシカは「そうね」と言って人差し指を立てて見せた。
ふいうち
「で、これは何でがす」
「ケーキよ」
ゼシカの故郷ではこういうのをお祝いに食べるらしい。粉を膨らませて焼いたものにクリームを塗ったものなんだけど、リーザス地方だけでなくトラペッタでも見られる風習だって言うんだから驚いた。結婚式や誕生日にも作って食べるんだとか。僕は全然知らなかった。
宿の厨房を借りた僕等はゼシカの指導の下にせっせと作ってみたものの、家事に慣れないせいかモンスターとの戦闘よりも手こずったように思う。確か昼に始めた作業の筈が、出来上がった時は既に夜になってしまって、ようやく部屋に戻ってテーブルを囲んだ僕等は疲労感と達成感で複雑だった。
いよいよこれを食べようという時、監督役の彼女が立ち上がったので切り分けてくれるのかと思いきや、
「あっ、お嬢! 何を……」
「ローソクを挿すのよ」
折角きれいに作ったものに穴を開けるように蝋燭を立てていくゼシカに僕等はビックリしたけど、彼女曰く蝋燭を装備しなくてはお祝いにならないんだとか。それにしても食べ物に蝋燭なんて意外な組み合わせだ。
「火を点けて、皆で一斉に消す。いい?」
やっぱり変わった風習だと内心思う僕等を知ってか知らずか、ゼシカはそう言いながら指先から小さな炎を出して手際よく蝋燭に移していくと、次に燭台の火を消して回る。薪を焼(く)べた暖炉すら消え、テーブルで燃える小さな炎しかなくなった部屋は一気に暗くなり、ケーキを囲む僕達の顔がぼうっと浮き上がって見えた。
「ハニー、蝋が垂れてくるぜ」
「待って、待って」
炎に溶け出す蝋を恐る恐る観察しながらククールが言うと、ゼシカも急いで戻ってくる。蝋が土台のクリームに付いてしまったら大変だっていうのに、彼女ときたら「それじゃ歌いましょう」と手拍子を始めるものだから、僕達はおっかなびっくりで歌いだす。やや駆け足で歌いながら、僕は炎に照らされた彼女の笑顔を見てちょっと嬉しくなってきた。
暗がりの中、蝋燭の炎に照らし出されたゼシカは綺麗だ。普段の食事では余程はしゃぐことのない彼女が今は子供のように瞳を輝かせて見えるのは、目の前のケーキの力なのかもしれない。村を飛び出して僕達の仲間になったとはいえ、懐かしい故郷や幼い頃の記憶を思い出しているのだろう、笑顔がとても良い。僕は隣に座る彼女にそっと目をやりながら笑みを零した。
「なるべく一息で炎が消えるようにするのよ」
「息継ぎなし?」
「勿論!」
目の前に立ち並ぶ蝋燭の群れを眺めて、ヤンガスはゴクリと喉を鳴らした。どんな敵を前にしても怯むことがなかっただけに、そんな表情を見るのは面白い。
「大丈夫、一人で消すわけじゃないもの」
僕は炎には特別な魔力があると思っている。過酷な旅で野宿を続けた時も、炎を囲んだ時はなんだか不思議な気持ちになった。人間としての根源的な何かを呼び起こすような、全てを打ち明けてしまいたくなるような、僕達が語り合う時は大抵夜空の下で薪を焼べながらだった。闇に燃える炎には魔物を遠ざけるだけでない不思議な力がきっとあって、僕等は長い冒険の間に多くのものを分かち合ったように思うんだ。
「準備はいい?」
僕が今のゼシカに見蕩れてしまうのは、冒険の時にも感じていたドキドキする何か。僕も炎を前にして、彼女と同じように高揚しているのかもしれない。
「せーの、で消すんだからね!」
「うん」
「おう」
「がす」
僕が内心そう思っている間にゼシカはいよいよ椅子を乗り出し、蝋燭の前に顔を寄せる。僕もククールも、ヤンガスはかなり緊張気味に顔を近付け、暗い部屋の中で僕達は小さく身を寄せ合うように集まった。
「せーの」
失敗は出来ない、と緊張のうちにフッと息を吹きかけた僕の傍で、呼吸とは違う確かな何かが僕の頬に触れた。
「うわ、真っ暗じゃねーか!」
「早く燭台に火を点けるでげすよ」
一瞬で暗闇になった部屋でククールとヤンガスは慌てて動き出したみたいだけど、僕は不意に頬に触れた柔らかく温かいものに気が動転して、暫く動けなかった。何故なら僕を含めた皆が一斉に蝋燭の炎に向かって吹きかけた息の音とは別に、耳を甘やかに擽るチュッという音が聞こえたからで、それに合わせてゼシカの香りが掠めたからで。
(ゼシカ)
今、君は何を。
「こりゃ危ない風習だな」
ククールが「やれやれ」と言いながら部屋の明かりを得て戻ってくる。それぞれの故郷の風習を体験した時は必ず感想を言い合うもので、ククールもヤンガスも蝋燭がどうとか暗闇がどうとか色々と言っていたみたいだけど、僕には全く耳に入らない。
「だって、これが私の地方のお祝いなんですもの」
一瞬にして闇に変わった瞬間から瞳を合わせていたゼシカは、僕の驚いた表情が余程面白かったのだろう、クスリと微笑って言った。
「お疲れ様、ヒーロー」
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【あとがき】 |
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ヒーローへの慰労は、ヒロインのキッスに限ります。
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