HERO × JESSICA |
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平気じゃない
大丈夫? 平気。大丈夫? 平気。
数日前からゼシカとはそんな会話を繰り返してばかりだった。
「本当に大丈――」
「平気! 何ともないから!」
ゼシカは風邪を引いた。
最初、ククールが風邪は引き始めがどうとか言っていたけど、これはもう引き始めじゃない。ゼシカの声は掠れて魔法の詠唱も出来ないし、熱に浮かされた身体は真っ直ぐ歩いてくれやしなかった。
「フラフラしてるぜ、ハニー」
「してないわ、」
昼夜の寒暖が激しくなったここ最近に野宿が続いた。天候や気温だけじゃない。新しい土地に踏み込んだ僕達は、新手のモンスターとの連戦で疲労を積もらせていたと思う。度重なる強敵の出現に高度な呪文を浴びせ続けたゼシカがこのようにダウンするのも当然のことだった。
「嬢ちゃん、今にも倒れそうでげすよ」
「なんともない!」
それでも彼女自身に休む気はないらしく、ゼシカは「ドルマゲスの足跡を見失うのだけはイヤ」だと言って留まろうとはしなかった。勿論このパーティーの目的は打倒ドルマゲスに違いない。奴の手掛かりを失えば、僕らはあてもなく大海に放り出されてしまうだろうけど、主力の彼女がこんな状態では旅がどうとも言ってられない。トロデ王も「これ以上は」と渋い顔を見せられ、僕達は半ば強引に彼女を宿のベッドに押し込み、様子を見ることにした。
「…………」
「今は我慢して治さなきゃ、ゼシカ」
納得はしていないだろうけど、ゼシカは「これも戦いの一部じゃ」と治癒の大切さを説得するトロデ王に負けて、不満顔にベッドに収まる。治す時にしっかり治せば、左程日数もかからぬじゃろうと仰る王様の言葉を信じ、僕達は暫くこの宿に落ち着くことになった。
そうして彼女が伏して二日。まだ全快には程遠い。
「近寄っちゃダメよ!」
咳が回復したと思えば、今度は鼻水とクシャミの番なのか。
ゼシカは可愛らしい鼻声でそう叫ぶと、扉を開けたばかりの僕にそう言って牽制した。
「宿のおばさんにお粥を作って貰ったよ」
トレイに乗せた食事をサイドテーブルに運ぼうと足を踏み出せば、首だけを振り向かせたゼシカはベッドの中から大声で僕を留めた。
「近付いたら伝染っちゃうわ!」
「ゼシカ、」
ぽーっとした表情でも、辛さと真剣さは伝わってくる。
彼女は僕に風邪が伝染ることを気にしていて、部屋に入ってくる僕を直ぐにでも追い出そうとする。僕だって女の子が一人寝ている所に入るのは気が引けたけど、今は緊急事態だ。彼女にだってそこは理解って欲しいんだけど。
「そこに、置いて、おいて」
「……」
なんだか叱られたような気分だ。
起き上がれるのだろうかといった不安が過るが、今のゼシカを怒らせたらまずい。僕は大人しく彼女の言葉を聞き、入口近くのデスクにトレイを置いて扉を閉めた。
「ちゃんと食べるんだよ」
扉越しにそう付け足して、お粥を作ってくれたおばさんの所に向かう。ゼシカを除けば男だらけのパーティーに、彼女の看病を任せられたのは頼もしい限りで、最初この宿に到着した時、弱ったゼシカを熱い風呂に入れて拭いてくれたのはこの人だ。
「あらあら、追い出されちゃったのかい?」
おばさんはにこにこ笑って厨房から僕を迎えてくれた。僕が苦笑して頭を掻くと、宿台帳をつけていたおじさんもやってくる。
「年頃の娘さんだからなぁ、身繕いしてない時は見られたくないんだろうよ」
そんなに僕はしょげていたんだろうか。おじさんは豪快に笑うと隣のおばさんを指差して、「こんくらいになりゃ何ともないんだが」と冗談を言って僕に苦い笑みを作らせる。僕はどう答えて良いか分からずに曖昧な笑みを浮かばせていると、おじさん同様に豪快に笑ったおばさんが、僕に愛嬌のあるウインクをして見せた。
「あたしが持ってきゃ早いんだろうけど、あの娘もそれじゃ可哀想だと思ってね」
だから先ずは僕に持っていかせたんだと。
おばさんは優しくそう言ってくれたけど、僕には「可哀想」の意味が分からなくて、余計に戸惑うばかりだった。
夕食は僕とヤンガス、ククールの三人で摂ることになる。
おばさんから聞いたゼシカの様子をトロデ王に報告して、そこで話した今後の事を再び此処で報告する。ゼシカを欠いた夕食は、やけに淡々とした会話で終わった。何を話したのか覚えていないけど、僕等は一人でも居なければ成り立たないパーティーなのだということは確認できたと思う。
風呂に行こうと部屋を出ると、丁度隣の部屋で休むゼシカに夕食を運び終えたおばさんと会った。身体も綺麗にしてくれたのだろう、空になった食器の隣にはタオルも乗せられていた。
「ありがとうございます」
ゼシカも僕達も。彼女には世話になりっ放しだなと思いつつ、頭を下げる。
するとおばさんはにっこりと笑って僕を戸棚の前まで連れて行き、引き出しの中から薬を取り出して手渡した。
「風邪薬。持ってっておやり」
「あ、はい」
いつもなら彼女の具合を細かく伝えてくれる彼女は、柔らかい微笑みを見せるだけ。今のゼシカがどんな状態なのか聞きもせず、僕は言われるままに薬を受け取っていた。
さてゼシカの部屋の前に着いたものの、扉を敲く手は戸惑っている。
扉を眼の前にした今になって、おばさんに彼女の様子を聞いておけば良かったと後悔してしまう、情けない自分。
「……」
でも、ゼシカの具合を聞けなかった今、彼女がどんな状況なのかがとても気になる。回復に向かっていれば良いのだが、またこじらせて辛い思いをしていないだろうか。扉を隔てた向こうで一人苦しんでいたらと思うと、やはり怒られてでも姿を見なくてはならないと思った。
「ゼシカ、」
僕の勇気は不安に押されて扉をノックした。
「薬を持ってきたんだけど」
返事はなくて、そっと扉を開ける。少し開けた隙間からは、暖炉の炎の光しかない部屋が見えた。その奥にはゼシカの伏せるベッドがある。
「……」
とても静かな部屋だった。
「どう?」
「……」
起きている気配はあるのに、彼女は何も言わなかった。身動ぎひとつせず横になっているらしい。
「……」
僕はそっと近付いて、サイドテーブルに薬と水を置く。
「ここに置いておくね」
「……」
様子が気になって扉を敲き、ここまで入ってきたものの、いざゼシカに反応がないとなると寂しい気持ちになる。大きな声で「出て行って!」と言われた方が、まだ彼女らしい元気を見た気になって楽になれたかもしれないというのに。
それとも僕が彼女の忠告を無視して近付いた事を怒っているのだろうか。いや、そもそも彼女をこんな目に遭わせた旅の過酷さを恨んでいるのかもしれない。
僕の反対側に身体を向けて横になっているゼシカを見ていると、何だか僕は不安になって、思わず「ごめん」と呟いていた。
「……」
「……」
僕の声が部屋に染みる。
伏せたままの彼女からは表情が見えないけれど、僕は何となく今の僕と同じ顔をしているのではないかと思った。
暫く彼女の姿を見つめると、沈黙の後に踵を返す。
「もう行くから、」
すぐに出るつもりだった。理由は分からないけれど、これ以上ここに僕が居たら彼女の身体に障ると思ったんだ。
明日には、いや明後日でも明々後日でも良いから、何時かは僕達にいつも通りの姿を見せてくれると信じて、僕は彼女に背中を見せる。本当はもう少し見守っていたいという気持ちを押し留めて、戻ろうと爪先を動かす。
「、」
そうして心の中で吐こうとした溜め息は、刹那、息を飲んで消された。
「ゼシカ……?」
布擦れの音が耳を掠めたと思った瞬間、僕の身体にゼシカの腕が巻き付いていた。
「ごめん」
ゼシカがベッドから半身を乗り出し、僕の腰あたりに顔を押し付けてそう言った。
顔を埋めていて声はくぐもって聞こえたけれど、もうガラガラ声でも鼻声でもない、普通の声だった。突然抱きつかれた僕は彼女の腕に驚きながらも、どこか冷静に声は治ったのだと安堵している。
「ゼシカ」
「ごめん……」
後ろに彼女の熱い体温を感じた時は、何故謝っているのだろうと思ったけど、僕を捕まえて離さない手が震えているのに気付いて理由が理解った。
「、ゼシカ」
ゼシカは僕が傍に居れば風邪が伝染ると思っている。これまで頑なに僕を遠ざけていたのだから、この距離は明らかに危険範囲だ。それなのに僕をこうして留めているのだから、彼女は自らの矛盾に謝っているのだろう。
「ごめんね」
謝っているのに彼女の手は離れなくて。
「……」
千切れそうな声を聞いて、僕はどうしようもなく愛しいと思った。
「ゼシカ。僕、傍に居てもいいかな」
「……」
君を置いていけない。こんなにも愛しい姿を見せられて、戻れるわけがない。
僕は無言のまましがみつく彼女に、静かな声で言った。
「僕は平気だよ。王様が言っていたけど、バカは風邪引かないんだって」
それに僕は今まで一度も風邪を引いたことがない。昨日の夕食で話していたんだけど、ヤンガスもククールも風邪を引いたことがないんだって。僕達はバカだから、ゼシカの辛さを判ってあげられなかったんだ。
そう、僕は君がこんなになるまで気付いてあげられなかった大馬鹿者だから、きっと風邪は伝染らない。
「だから大丈夫だよ」
僕は冗談っぽく微笑して言った。今までの謝罪も含めてそう言ったつもりだった。
「……」
でも、僕の腰に巻きついた彼女の腕は尚強くなって、
「……エイトじゃない」
絞るような涙声でゼシカの声が聞こえた。
「私が……平気じゃないの」
僕と離れていることも、僕に風邪を伝染してしまうことも。
ゼシカは僕の背に顔を押し付けて泣くようにそう話してくれた。熱に浮かされた彼女の思考は、相反する心にずっと苦しんでいたのだと。
「エイト」
先程の沈黙からうって変わって饒舌になったゼシカは、勢いに任せて心の内を明かしてくれた。背中越しとはいえ、聞いているうちに僕は恥ずかしくなって、でも嬉しくて、胸のどきどきは収まらなかった。
あぁ、でもそれ以上に。
こんな愛しい君を守りたくて。
「ゼシカ、」
僕は後ろ背に回された彼女の手に自分の手を当てて、覆うように握って静かに静かに呟いた。
「ここに居ても良い?」
「……」
努めて優しく言ったつもりだけど、ゼシカはまだ僕に伝染るのが怖いらしく、許可の言葉を発してはくれない。でも、ダメだとは言っていない。
僕はゼシカの小さな手をギュッと握ってもう一度言った。
「大丈夫だから」
彼女の気持ちが僕に届いたように。僕の心も届いて欲しい。
「僕も、ゼシカも、大丈夫だから」
「…………」
薄闇の中で、僕は微笑んで言っていた。幼子を宥めるように言ったそれは、ゼシカに伝わるだろうか。僕はそんな事を思いながら彼女が回した腕の強さを反芻していると、やがて小さな声で「うん」と言うゼシカの声が僕に届いた。
大丈夫? 平気。大丈夫? 平気。
そして僕達はまた冒頭のセリフを繰り返すことになる。
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【あとがき】 |
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ただし2度目の会話は、甘やかなピロートークに近いのです。
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