連続ギャグ小説 特別講座
第1講「ククール教授の基礎恋愛学」
他国にない大きな図書館を持ち、自国を世界一の知的王国だと自負するトロデ王は、愛娘のミーティア姫には最高の叡智を養ってやりたいと思っていました。幼少より彼女には名だたる講師が授業を受け持ち、教えうる限りの知恵を授けてきました。
(まぁ、彼女の部屋の本棚には、「大吉」と書かれた謎の本がありましたけども)
父王の執拗そうな愛に恵まれてスクスクと良い子に育ったミーティア姫も、エイトという最強勇者の妻となり、トロデ王は満足の極みに登りつめていました。
さて、今や幸せな妻となった愛娘に必要なものは何か。トロデ王は考えて考えて考えて考えました。大臣も考えて考えて考えて考えました。
しかしこの二人が考えて考えて考えたところで、ロクな考えが浮かぶとは思えません。トロデ王が閃いたことと言えば、かつて旅した下僕達を召集して、彼らにその答えを探させることだったのです。
…ということで。
こうして今、ヤンガスとゼシカ、ククールは、トロデ王“公式”下僕・エイトの前で怒りを露にしているということです。穏やかに、ほがらかに時間が流れるトロデーン城を久々に見ても、彼らの心は一向に和みません。ていうか、ムカツク一方です。
「兄貴!おっさんはアッシらを召喚獣か何かと勘違いしてやせんか?」
「ヤンガス、それはゲームが違うよ」
トロデ王が 気 分 で 命令を下すのはいつものことじゃないか、と宥めようとするエイトに、余計に腹が立ってくるのはゼシカです。
「何?トロデ王は私達に世界の賢者でも探して来いっていうの?あんまりだわ!」
もともと本編の中でも、トロデ王の臣下扱いに対してはサラリと、かつキッパリと否定してきたゼシカです。エイトは久々に彼女の強気なオーラと、身体じゅうからほとばしるお色気を浴びて、タジタジでした。
「まぁ、そう喚くほどのことでもないぜ」
銀糸の髪を遊ばせながら、余裕の面持ちでククールが言いました。
「何よ、その余裕?」
「パンツはいてない奴が、エラそうでがす」
「…まだククールってパンツはき忘れるの?」
エイトが心配そうにククールを見ました。
「はいてるよ!てかはき忘れたこともねぇよ!」
ククールは無駄な濡れ衣にイライラしました。
「だから、…要するに新しい講師が欲しいってことだろ?」
大人なククールは、それ以上パンツネタでひっぱることもありません。いつもの得意げな顔をしてククールは続けました。
「俺達が姫の講師になればいいんだって!」
「えっ…それは…」
エイトが言おうとした時、ゼシカがそれを制するように大きな声で賛成しました。
「面白そうっ!そうしましょう!」
「これで手間が省けるでがすっ」
だれも姫の教養の事は考えていません。
一度決めたら即行動。
旅をしていた頃からもそうでしたが、エイトに彼等の勢いを止めることはできません。彼はかつての仲間に半ば引っ張られるように玉座へ連れられていきました。
《第一講:ククール》
エイトは渋々、ククールをミーティア姫の勉強部屋に案内しました。まさか彼の突飛なアイデアが、トロデ王に受け入れられるとは思っていなかったのですが、命令は命令です。
認めたトロデ王に心の中でギガデインを唱えながら、エイトは隣を歩く涼しい顔のククールを不安そうに見ています。
「…講師なんだから、ちゃんとマトモな事を教えるように」
「あ、俺?姫を 調 教 しちゃおうかな〜」
馬だっただけに、と続けようとしましたが、エイトが背に負った剣を抜こうとしたので言葉を噤みます。
凄みの増した顔でエイトがククールを睨んでいました。
「嘘だって、エイト!『ギガ…』って呟くのやめろ!」
デイン系の呪文と技は、魔物でなくとも危険です。メラといった他の魔法と違って、電撃で身体の中を攻撃される苦しみは、旅の途中から味わってきました。大抵それは、ククールが馬姫ネタを口にするときです。
「ま、調教の方は夜のエイトに任せるから☆」
「そっ、そういうことでもない!」
やっぱりここでコイツを中から焼いておこう、とエイトが呪文の詠唱に入ったとき、ミーティア姫が待ち焦がれたように扉を開けて迎えてくれました。
「エイト!ごきげんよう」
「あっ、姫」
いつ見ても可愛らしい姫です。エイトは姫の顔を見た瞬間、少し頬を赤らめました。この姫が自分の妻だと思うと、改めて心が浮かれてしまいます。
途端、エイトのククールに対する恨みはなくなり、彼女のオーラに感化され、慈悲の心で呪文を発動するのを止めました。姫パワーです。
「ククールさんも!」
「お久しぶりです、ミーティア姫」
颯爽と膝を折ってミーティア姫の手にキスをするククールは、さすがの騎士です。エイトは内心不快に思いながらも、隣でそれを眺めていました。
「お父様から聞いております。どうぞ、宜しくお願いしますね」
「こちらこそ」
ククールが、いつも女性を口説く時の「キラースマイル」を作りました。見事なまでに端正な容姿を備える彼が、ひとたび妖艶な面持ちで微笑すれば、それだけで世の中の女性の98%は落ちます。
ミーティア姫は、残念ながら、ゼシカと同じ残り2%の部類に入るようです。その笑顔に、更に神々しい乙女の微笑みで挨拶し、彼を招き入れました。空振りに終わったククールは、少し残念そうです。
「さぁ、こちらへ」
勉強部屋へミーティア姫が案内すると、ククールは後ろに控えるエイトにボソリと言いました。
「姫の部屋じゃないんだな。ガッカリ」
「…」
「っ痛!つねるなよ!」
二人がゴソゴソしたので、ミーティア姫が振り返ります。
「どうしました?」
「「いえ、何でも」」
ミーティア姫は好奇心いっぱいで生徒側の椅子に腰かけ、反対側の講師席へとククールを促しました。
得意顔でククールがそこに座ります。
「では、お時間になりましたら」
「はい。呼びにきて下さいね」
エイトはずっと微笑んだままのククールを睨んでいました。彼の営業スマイルに隠されたモノを知っている分、エイトは警戒しています。
「…エイト君、早く行きたまえ」
扉を閉めるその瞬間まで、エイトはククールを見据えたままでした。パタン…と扉が閉まるまで、ククールはやや硬い微笑を作ったままでした。
「…さて」
ククールはミーティア姫の方へ向き直り、ニッコリと笑ってお辞儀をしました。
「始めましょうか」
ククールは座って対面しながら行う講義の形式は取りませんでした。彼自身は姫の机の前に立ち、大きな木の板に講義内容を書き記していきます。
彼は本日の講義名を板書しました。
「…あら?ククール先生」
ミーティア姫は手を挙げて言いました。
「どうしましたか?」
「今日は宗教学とお聞きしていましたが…」
キョトンとした愛らしい表情でククールを見つめるミーティア姫。ククールは再びニッコリと笑って答えました。
「そうです。宗教学第一講、基礎恋愛学です」
教鞭を取り出し、片手でヒュッと鳴らすと、ククールはもう片方の手のひらで、そのしなやかな細身を受け止めました。
「突然ですが、姫。エイト君のハートをガッチリと掴んでいらっしゃるでしょうか?」
その語り口は既に教師そのものでした。
彼がひとたび切り出せば、たちまちそこには生徒と先生が。毅然とした態度、キビキビとした発声。しかし質問の内容は。
「えぇと…時々、不安になりますわ」
頬に手を当てて、深くミーティア姫は考え込みました。
「エイトったら、あんまり表情に出さないから…」
(あいつ、まだ照れてやがんのか)
ククールは、表情は真剣に、しかし内面はワクワクして姫の回答を聞きました。
「今から、エイト君のハートをガッツリ掴むコツをご教授いたします」
「はい」
ククールの重みある声に反応して、ミーティア姫の返事も確りとしていました。ククールは、やや緊張した面持ちで教鞭を振るいました。
「ノートを」
「はい」
「今日はエイト君のオトコ心を鷲掴みにする方法をご教授いたしましょう」
ササッとミーティア姫が羽ペンとインク壷を机に寄せました。ククールは静かに「よろしい」と言うと、再び板書します。
ミーティア姫は彼の言葉を聞き漏らすまいとノートの前で構えました。
「…姫は『プレイ』という言葉をご存知ですか?」
「プレイ?」
ミーティア姫は首を傾げました。
「世の中には、オトコ心をくすぐる数多の『プレイ』が存在します。まずは姫、エイト君がどんな『プレイ』を好むかを把握せねばなりません」
ミーティア姫の頭が下がり、書記に集中します。ククールは暫しそれを待ちました。
カリカリカリカリ… オトコゴコロをくすぐるプレイ。エイトが好むプレイ
「はい」
ミーティア姫の顔が上がると、ククールは続けます。
「一番手ごろで、初心者にも入りやすいのがコスチュームプレイです。これは世間一般に『コスプレ』と言われる最もメジャーなプレイです」
カリカリカリカリ… 初心者はコスプレ。一番メジャー →人気
「コスチュームというのは…」
ククールの言葉を繰り返すようにミーティア姫が呟きました。不思議そうに言葉を発する姫に、ククールは助け舟を出します。
「えぇ、そうです。服装を変えるのですよ。それだけで日常とは違う存在となり、その服を纏うことで、自分とは異なる環境を楽しむということです」
ククールは颯爽と踵を返すと、サラサラと板書しました。
「制服プレイ、職業プレイといったものは、すべてコスプレの分類なのですよ」
ミーティア姫はせっせと書き写しました。
彼女がインク壷にペン先を浸した時、ククールは静かに聞きました。
「…まぁ、コスチュームにも色々あります。それはもうオトコの趣味によって沢山と。まぁ私の意見を言うならば…シスターでしょうか」
僧侶の癖にどんでもないコトを言うものです。
「これは、神のみに仕える彼女達、その処女性を犯したくなる心理を擽られるのです」
もっともな事を言っていますが、その内容はとんでもありません。しかしミーティア姫はそれに気付くどころか、心の中で「へえボタン」を何回も押しながら聞いています。
「このようにコスプレは、服装そのものではなく、その背景にあるものに触れたいという心理によって成り立っているのです」
カリカリカリカリ… ククール先生はシスターのコスプレ
「…ここまでに質問は?」
ククールの板書する手が止まりました。合わせてミーティア姫の手も止まります。
「はい」
ミーティア姫が手を挙げました。
講義中の生徒による質問は、挙手によって行う。先生が許可をするまで意見を述べてはならない。ミーティア姫はよく心得ていました。
「どうぞ、姫」
「ククール先生、エイトはどんなコスチュームが好みかしら?」
良い質問です、とククールは微笑みました。
「そうですね…」
姫様っぽい服装でも良いとは思いましたが、それでは日常の彼女と変わりません。少々ククールは考え込み、ふと口を漏らしました。
「敢えて姫から“女王様”になってみるとか…」
「…女王様ですか? 豪奢な感じ…?」
「いえ、女王の意味が違います。この場合、別のプレイの要素も絡んできますので、女王様プレイについては第五講以降にさせていただきます」
「はい」
ミーティアは彼の考えが巡るのを待ちながら、自分でもエイトがどんな服装が好みなのか、どんな女性が好みなのかを考えました。
「…お互いにノリ易く、手軽なのはバニールックですね。かわいくて軽くエロい。そう言えばエイトは酒場のバニーに鼻の下を伸ばしていました(嘘)」
「まぁ、エイトったら」
そういうことにしておくのです。
彼は続けます。
「どんなオトコでも胸を熱くさせるウサギの尻尾&耳!動物モノには弱いのです」
カリカリカリカリ… バニーの耳と尻尾。弱い。
「メイドものも良いかと思いますよ。こちらは話し方で誘惑させるテクニックも必要なのですが…あぁ、これも“会話プレイ”として別の講義と重複してしまいますが…」
ふーむ、とククールは考え込みました。
教鞭をパシリと手の平に打ちつけ、アイデアを巡らせているようです。
次にククールは、閃いたように「いや、しかし」と切り出しました。
「身分ある姫が、自分の庇護下に入るという逆転の思想…普段にはない支配欲…」
自分自身の考えを反芻するように呟いた後で、ククールはミーティア姫に向き直り、確りとした声で言いました。
「姫」
「はい」
「メイドプレイをこの講義のまとめとして習って頂きます」
見ればミーティア姫は、出来るかしらと心配そうな顔をしていました。ククールはその不安を払拭するように笑顔で言いました。
「大丈夫です、姫。姫は一言、言うだけで結構です。あとはエイトが教えてくれます」
キョトンとしたミーティア姫に、ククールは再び営業スマイルで言いました。
「『仰せのままに』、このセリフ一言でエイトはイチコロです」
カリカリカリカリ… 「仰せのままに」でイチコロ
「これでエイトの心をガッツリ摘めますこと間違いありません」
ミーティア姫はノートを取り終えて、満面の笑みを見せました。本当に嬉しそうです。
純情な乙女に大層な吹聴をしてしまったとは露とも思わず、ククールも笑顔で応えます。
「では練習を。『仰せのままに』」
「仰せのままに」
「いえ、もっと上目遣いで。誘うように」
「仰せのままに」
「もう一度」
「仰せのままに」
ククールの指導は厳しいものでした。
暫くして、扉がノック音とともに開きました。講義の終了をエイトが知らせに来たようです。
「…では終了です」
エイトの姿を捉えたククールが、慌てて講義を終えます。
「ありがとうございました、ククール先生」
「いえ、こちらこそ」
ニッコリと二人は微笑み、ククールは教鞭をしまうと部屋を出ました。エイトはミーティア姫に一礼すると、彼を連れて出て行きました。
客間にむかって廊下を歩き、エイトが講義について尋ねました。
「…ちゃんと講義した?」
「それはもう、バッチリ!」
エイトが怪訝な顔でまだこちらを見つめているので、ククールはそれを振り払うように笑いながら言いました。
「オディロ院長の遺した『霊的生活と信仰』の一節を講義したら、結構興味もってくれたみたいだった」
「そっか」
「夜、聞いてみなって」
「うん。分かった」
「…(ニヤリ)…」
陰でククールがどんな表情で笑ったか、エイトは気付きませんでした。
次の朝。
昨日、ミーティア姫に講義をしたククールをはじめ、ゼシカとヤンガスらは城の客室に泊まりました。3人でさぁ朝食でも、という時。
「ククール!」
物凄い形相でエイトが走ってきました。
それは、かつて暗黒神と対峙した時にも勝り、その姿は鬼人の如く。
「お、どうしたエイト?」
呼ばれたククールは、カップを片手に目で挨拶をしたところでした。彼が言い終らないうちに、エイトは彼の胸ぐらに掴みかかるように言い寄りました。
「昨日…っ!何を教えたんだ…!」
「どうして」
「僕が部屋に行ったら、姫がメイドになっていた…っ!」
怒りに震えたエイトの声を聞き、傍らに様子を見ていたゼシカとヤンガスが目を合わせます。
胸から吊られたようなククールは、それでも両手を挙げて冷静に言いました。
「え、何?満足してくれた?」
やっぱ初歩はメイドかな、と思って。ククールは付け加えました。
エイトは閉口して震えたままです。
「昨日はお楽しみだった?あっいや今日かな?朝まで君を寝かせないよ、なぁんてな」
ぷちん。
エイトがとうとうキレました。
瞬間、ククールの端正な顔には、エイトの渾身の爆裂拳が全てヒットしていました。
ククール教授、罷免。
さて、二番手は誰が。
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