連続ギャグ小説 特別講座
第2講「ゼシカ教授の実践恋愛学」
ククール教授が諸事情により罷免されたので、この時間の講義は、新しくゼシカが担当することになりました。今日は彼女の初講義です。
「…何か不安だなぁ…」
彼女を案内しながら、エイトが呟いています。
「大丈夫。ククールみたいな事にはならないから」
彼の竦んだ肩をポンポンと軽く叩きながら、隣を歩くゼシカが笑顔で言いました。張り切っているのか、天真爛漫に歩む足取りは力強く、元気に満ち満ちています。
「ちゃんと姫とエイトの為になることを講義するつもりよ」
彼女は、パーティーの中では良識のある方です。ヤンガスには到底「講師」などは頼めないでしょう。それにゼシカは、ミーティア姫と同じ女の子なので、その面では気の利いた講義ができるかもしれません。
エイトはそれを聞いて安心しました。してしまいました。
「そっか。頑張って」
そう言ってエイトは、ミーティア姫の勉強部屋を訪ねます。
コンコン、とノックすると、暫くしてミーティア姫が可愛らしく顔を覗かせました。
「お待ちしておりました」
クリクリの大きな瞳を輝かせながら二人を迎えるミーティア姫は、いつになってもキュートな愛妻です。未だにエイトはドキドキしてしまうようで、もじもじしながら笑顔で答えました。
「ごぎげんよう、ミーティア姫」
扉越しにニョキ、とゼシカが身体を傾けて挨拶をします。
「ゼシカさんっ」
これから何が起きるか知らないミーティア姫は、彼女の晴れやかな微笑を見て、とてもとても嬉しそうです。
「よろしくお願いします」
「よろしくね!」
仲良く二人が笑顔を交し合うのを微笑ましく眺めて、エイトはゼシカを部屋に促しました。
「じゃ、僕はこれで」
そう言ってエイトは仕事に戻っていきました。
《第二講:ゼシカ》
「では始めましょう。魔法学第一講『実践変心術』です」
ゼシカ教授の登場です。
眼鏡をかけて教鞭を振るう姿は美人女史のようで、ミーティア姫は早速気合が入りました。羽ペンをインク壷に浸し、ノートを取ろうと構えると、ゼシカ教授は「必要ありませんよ」と言いました。どうやら彼女は、論説形式の講義のようです。
ミーティア姫は姿勢を正し、彼女の言葉を確りと聞くことにしました。
「今日は、初歩的な “変 心 術” を学習したいと思います」
「“変 身 術” …モシャスですか…?」
ミーティア姫が難しそうに首を傾げました。できるかしら、と心配そうです。
「えぇ、そうです。 “変 心 術” です」
ちょっと会話がかみ合っていないようです。しかし講義は進みます。
「時に、人は自分と言う殻を脱ぎ捨て、別人として成り変わることも大切です」
「はい」
「新たな自分の可能性や潜在資質、成熟に出会えるのですよ」
「はい」
多分、ここで両者が想像していることは全然違います。
「きっとエイトと二人で見つけてくださいね」
「エイトと?」
「勿論です」
ミーティア姫はゼシカ教授の言わんとする意味を図りかねていましたが、あまり気にしませんでした。(エイトといい、ここらへんは適当な性格のようです。)
「では早速、実践に移りましょう」
そう言ってゼシカ教授は、旅の頃より愛用していた異次元ポケット、容量無制限の「ふくろ」を出し、中をゴソゴソとあさり出しました。
「私、モシャスは…」
攻撃系魔法使いの呪文は使えない雰囲気のミーティア姫です。おろおろと何か言おうとしたミーティア姫を見て、ゼシカ教授はニッコリと笑いました。
「これはモシャスが使えなくても大丈夫ですよ」
聞いてミーティア姫は安心しました。
「はい」
そのうちにゼシカ教授の手はふくろの中の何かを掴み、ササッと引き出しています。
「これは、あぶないビスチェとやいばのよろいを錬金して作りましたエロティックボンデージ」
黒々と妖しく光る皮の生地に、チクチク、トゲトゲした銀の角がついています。けっこうハードな感じです。
「そしてこれは、いばらのムチとあくまのムチを錬金して作りました女王様のムチです」
いばらのムチのブツブツとした突起の面影を残して、あくまのムチのドス黒い香りがムンムンと漂います。それは、あぶないフェロモンがプゥンと薫るようです。
「まぁ」
物珍しそうな、初見奇異なる瞳でミーティア姫が見ています。
「これらは差し上げます」
え?とミーティア姫は驚きましたが、ゼシカ教授は特段の問題もなさそうに「どうぞ」と差し出しました。まるで、沢山所持しているコレクションの一品を分けたような顔です。
ミーティア姫は意味も理解らないまま、嬉しそうに受け取りました。
そうしてゼシカ教授は再び「ふくろ」をあさります。
「…これは?」
ゼシカ教授が物を掴んだ勢いでポロリと出てきたものを、ミーティア姫が手に取りました。おとぼけた瞳の、青いスライムマスクです。彼女は手に持ちながら、どこかしら切なげな眼差しのマスクと、ポカンと目を合わせていました。
「えぇ、これは別の機会に使用します。今回はこれを」
ゼシカ教授は、ぱふぱふ屋専用マスクを乗せるミーティア姫の手に、その代わりとしてアヤシゲーな黒い蝶の仮面を乗せました。
毒々しいキラキラの装飾が、嫌が応でも輝いています。マダムの舞踏会用仮面というよりは、明らかにSMプレイ用なニオイがします。
では、とばかりにゼシカ教授が眼鏡を取りました。
「魔法学変心術、今から私が実践いたしますので、これを見ていてくださいね」
「はい」
※※※ ゼシカ教授、お着替え中 ※※※
ゼシカ教授はテキパキとおどろおどろしいボンデージに着替え、鋭いピンヒール(10cm)のブーツを履き、甚だしい皮の手袋をし、ベルベットの大きなマントを羽織りました。
この時間、僅か2分。手馴れていらっしゃるようです。
「では始めましょう」
そう言うと、ゼシカ教授は禍々しいバタフライマスクで瞳を飾り、サッと振り返って魔王のようなマントを翻しました。
「…」
ミーティア姫は残念ながらツッコミが出来ないので、ただ呆然と彼女の変貌ぶりを眺めているだけでした。
妖しい微笑と色香の漂う瞳。そんなアブナイ顔色に変わったゼシカ教授は、毅然と仁王立ちになると、ムチをビシリと振りました。
「平伏しなさい!」
すると、暖炉に飾られていた燭台のうち、一本の蝋燭の炎がフッと消されます。流石はムチスキル100のゼシカ教授、的確に標的だけを狙えます(無駄に)。
「!」
己の頬のギリギリの軌跡を画いて戻っていくムチの風を感じながら、ミーティア姫は立ちすくんでしまいました。ぶるぶる。
「さぁっ!私の前に跪きなさいっ!!!」
「ゼ、ゼシカさん…」
ミーティア姫は色々な事に驚いたので、まずは彼女の意識の確認を取ろうとしました。
「ゼシカ様とっ!」
咄嗟にピシャリと声が放たれます。ミーティア姫は肩を竦めて縮こまりました。ぶるぶる。
「ゼッゼシカさま…」
恐々と震える瞳でそう言うと、ゼシカ教授は見下ろすような流し目で答えました。
「よくってよ!」
(こ、これが変身術…っ!!!
(たしかに、これはいつものゼシカさんじゃありませんわ…
(で、でもっ! 頑張らなきゃっ!!!
ミーティア姫の気合が入りました。(でもぶるぶる)
一時間後。
エイトがやってきて、扉をノックしました。どうやら時間のようです。
「では、今回の習得スキルについては復習を欠かさないでくださいね」
「はい」
部屋の向こうからそんなゼシカの声を聞いて、エイトが立ち止まると、すぐに扉が開いてゼシカが出てきました。
「終わったよー」
いつも通りの彼女です。どこか清々しく、サッパリしたような顔ですが、格段に普段とはそう変わりません。
ありがとう、と廊下を歩きながら、エイトがゼシカに話しかけます。
「…何を教えたの?」
「うん?今、私が研究している『異世界に存在した極大消滅呪文の合成方法』についての実践と考察だけど、」
ゼシカはいけしゃあしゃあと嘘をつきました。彼女はそのまま適当な事を、あたかも難しそうに懇々とエイトに語ります。
「…凄いね、ゼシカ」
かわいそうに。
騙されていると知らないエイトは、聞いて感嘆の声を出しました。
「姫って器用だから、結構うまく出来てたわよ。エイトも見せて貰ったら?」
「そっかぁ。聞いてみるよ」
エイトは尊敬の眼差しで彼女を見ましたが、陰ではゼシカが意地悪そうにペロリと舌を出していました。
翌日。
朝の眩い陽光を貫くような勢いでトロデーン城を疾走し、エイトは客室に駆け込みました。
その勢いで壊れてしまうのではないかというくらい大きな音を立てて扉が開けられます。
ちょうどそこには、未だエイトの爆裂拳によって自慢の顔が変形しているククールと、その面倒をみるヤンガスとゼシカが居ました。
「ゼ、ゼッゼシカッッッ!!!」
エイトは、テーブルに向かいながら朝食後の紅茶の香りを愉しんでいるゼシカに迫りました。必死な彼の瞳は、残りの二人は完全にフェイドアウトのようです。
「あら、おはよう。エイト」
意外と早い朝ね、とゼシカは眼を閉じて紅茶を啜りました。
「昨日、姫に何を…何を…」
「あぁ、どうだった?上手く出来てた?」
ガクガクと震えるエイトの気迫をやや察して、ゼシカはチラと瞳だけを彼に向けました。
「? どうしたんでがすか?兄貴」
効かないホイミをククールにかけながら、その様子を遠巻きに見ていたヤンガスが、不思議そうにエイトに尋ねます。
「…帰ってきたら、姫がボンテージに鞭を持って待ってた…っ!」
「…。…。…それはおっかねぇでがす…」
勢いよく振り向いたエイトは「聞いてくれる?」とばかりに訴えました。聞いたヤンガスは驚いてゼシカを見つめます。
「しかもマスクは『ぱふぱふ屋』のあのマスクだった…っ!」
「あちゃー、間違えちゃった」
これまでカラ振りだったエイトの大声は、ここでゼシカに引っかかりました。
いや、そこじゃなくて!と言おうとしたエイトを尻目に、ゼシカは脳内でボンテージにムチを持ちながら、仮面がオトボケなスライムマスクだったミーティア姫を描いています。彼女が昨日、完璧にエイトを組み敷けなかったのかと思うと、ツメの甘かった己の講義を反省しました(ちょっとだけ)。
ハァハァと息を弾ませたエイトがガックリと、いえ、グッタリと肩を落としています。
「…これ以上、変な事を教えないで…頼むから…」
残念がるゼシカと、顔を腫らしたククールを眺め、エイトは脱力して言いました。
「エイトの為を思ってやったことよ?」
まぁ失礼な、とゼシカは顔を崩さずに言い放ちました。それを見たエイトは更にゲンナリーです。仲間に入れ知恵をされたミーティア姫ほど厄介なものはありません。説明するのがどんなに苦労することか、エイトは心の底から疲労していました。昨日は彼女に「やめてください」と(勿論敬語で)説得するのにどれだけ時間を費やしたのでしょうか。
「困るよ…もう本当…」
「マスクを間違えたのは私の責任ね」
「そこじゃないよ!!!」
柔らかな風の戯れる朝のトロデーン城に、悲壮なエイトの声がこだましていました。
「…じゃあ、次の先生を呼んでくるから」
紅茶を飲み終えたゼシカが、顔を上げて言いました。
さて、三番手は誰が。
|