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噴水前のベンチで待ち合わせる。それがトラペッタの恋人達の「定番」。
ミーティアは石畳の広場に置かれたベンチのうちの一つに腰掛け、落ち着かぬ様子で周囲を見回せば、成程彼女と目的を同じくした風の男女がそれぞれの恋人を待っているようだった。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たところ」
ベンチの前でありふれた会話が交わされると、待っていた方が立って相手を迎え、手を取り合って広場から出て行く。そうして空いたベンチには、また誰かを待つ別の一人が座る。
透明な青を広げた晴天よりうららかな陽光が降り注がれる中、彼等と同様に想い人を待つミーティアは、多くの恋人達が繰り広げるお決まりを眺めながら、手持ち無沙汰の脚をブラブラと泳がせた。
晴れ、のち曇り。
ミーティアが所謂「デート」をしたいと言ったのは一週間ほど前に遡る。城という居を同じくする彼女とエイトは、互いの立場もあってか世間一般の恋人達がするような事はしたことがなかったのだが、最近恋人が出来たと色めき立つ侍女がミーティアに「人並みのデート」を語ったのが事の発端。
「正午、トラペッタ中央広場の噴水前で待ってます」
逢瀬と言えば互いに休暇の取れた日にトロデーン城の庭を歩く程度だったミーティアにとって、公共の場で待ち合わせをして出掛けるなど考えも及ばなかったが、想像をすればするほど胸が高鳴ったのは言うまでもない。
「エイトは来てくださるかしら?」
戸惑いがちに頬を赤らめながら恐る恐る彼の顔を上目見ると、エイトもまた恥かんだような表情で黒髪を掻きながら「はい」と答えていた。
午前は城下の酒造工場を訪ねるトロデ王の随行と警護が入っていたが、確か午後は何もなかった筈。エイトは自らの休暇申請を大臣に提出し、彼女との約束を取り付けた。
(……本当に来てくださるかしら)
そして一週間後の今日、世間では安息日となる休日にミーティアはトラペッタに来ている。
勿論近衛兵や侍女達が道中の護衛にと付き人を申し出たのだが、彼女は彼等より先んじてキメラの翼を空に放り投げ逃げた。王族と分かる衣類を避け、トラペッタ近郊の町娘を扮した衣装に身を包む彼女は見事に街並みに溶け込み、行き交う人々の波に紛れるようベンチに腰掛けている。
ただ、その愛らしい美しさに瞳を留めてしまう者は少なくない。彼女の町娘ならぬ容姿に見惚れて歩みを緩める者は男女を問わず、チラチラと浮ついた視線を集められたミーティアは、内心ヒヤヒヤとしながら正体を隠すように帽子の鍔を深々と下げた。
そうして彼女が細身の体躯を縮めた時、正午を知らせる鐘がトラペッタに響き渡る。
(エイト、)
約束の時間だ。
瞬間、ミーティアは左右に振れる大きな鐘を見上げて彼の名を呼んだ。
(参ったな)
一方のエイトは、トロデーン城下の門兵の鳴らす正午の鐘を耳に胸中溜息を吐いた。
トロデ王の御幸の護衛は無事に終えたのだが、大臣が土産にと大量の酒樽を手配したのは予想外だった。必要な警備兵しか随えていなかった一行は、突如として現れた酒樽の積み下ろしを任されたことで時間を奪われ、エイト達近衛兵がトロデーン城に帰還したのは当初の予定時間を大幅に超えていた。
任を終えたエイトは急いで近衛隊長の装備を解いて休暇を願い出る。ルーラを使えばまだ間に合うと空を見上げた時、不幸なる一報が届いた。
“エイト、来い。”
竜神王による招聘である。
相変わらず唐突で、こちらの理屈や常識を観取せぬ神。本来なら里を追放された自分には彼の事情など聞く義理もなかろうが、ククール曰く持ち前のお人よしな性格である故かそれとも母の血脈の成せる業か、今や対等に戦える竜の王にエイトは応じることにした。そもそもデートを理由に誘いを断れる相手でもない。
(とにかく用件だけでも聞いておかないと)
当然、向かう先は竜神族の里となる。
エイトは遥か西に見えるトラペッタの城壁を眺めながら、後ろ髪を引かれるようにルーラを唱えていた。
予定が狂うことはよくある話で、公務によって彼の時間を振り回した経験の多いミーティアには粗方の事情が察しられる。
正午を告げる鐘の音が余韻をなくし、広場が再び噴水の音に満たされると、ベンチに掛けた彼女は小さな溜息をひとつ吐いて空を見上げた。
(きっとお仕事が長引いているんだわ)
「……………」
済んだ青空に輝く太陽が眩しい。
ミーティアは自分達と同じく正午の鐘を約束にしていた恋人が次々とベンチより離れていくのを隣で見ながら、まるでデート日和とも言える晴天に少し残念そうな顔をした。
(いいえ、これくらい)
彼の予定を知りながら無理を言ったのは自分。
ミーティアは高鳴る心臓に手を当てながら、やがて来るだろう彼を迎えるべく笑顔を作った。
竜神王が理不尽であることは、彼が正気を失って暴れていた時から抱いていた感想だった。いや、凡そ自分がこれまでに出会ってきた神や神らしい存在は理不尽であったと言えよう。
「エイト、久しぶりにお前と戦いたい」
「………………」
血を好むのが竜の定めとは聞いていたが、何も今日でなくとも良いではないか。
一対一の真剣勝負。エイトは左程緊急とも思えぬ理由で呼び出された自身の不運を呪いながら、彼の闘争心の満たされるまで刃を交えた。
せめてルーラ分の魔法力は残しておきたかったのだが、地上最強の生物である竜の神を前にそのような余裕などなく、エイトは瀕死に近い状態まで追い詰められながらも彼の攻撃に耐え切った。
「では里まで送ってやろう」
「……はい」
出来ればそのまま人間界のトラペッタという場所までお願いしたいのだが。
エイトは祖父の屋敷で挨拶代わりに茶を飲むと、全快などには到底及ばぬ魔法の聖水を使ってルーラを唱えようとした。
その時である。
「最近竜神の道で暴れる魔物が居ると聞きます。ご両親の墓碑に何もなければ良いのですが……」
聞き逃したい家人の呟きではあったが、両親の墓の安否となれば内容として聞き逃せるものではない。
エイトは焦燥と不安とが入り混じった感情に包まれながら、ルーラは唱えずに里前の大門を目掛けて駆け出して行った。
ありふれた恋人のように
待ち合わせをして、他愛ない会話に二人歩く。
たったそれだけ。
それだけ、なのに。
定番の待ち合わせスポットには、もう殆んど待ち人が居なくなった。
世間知らずのミーティアとてその意味は理解る。既に誰かと待ち合わせる時間は過ぎ、今やベンチは恋人同士が二人掛けをするものに変わったのだ。
ミーティアはすっかり景色を変えた広場を見渡して肩を落とすと、長時間ベンチに腰掛けていた所為で凝り固まった身体を伸ばして空を見上げた。
「……良いお天気」
澱みなく高い空が残酷に己を見下ろしている。
降り注ぐ陽光は仄かに温かく、広場に満ちる笑顔を喜ぶように煌いている。噴水より湧き出でる水は心地よい音を絶え間なくさせながら水滴を撥ね上げ、澄み渡る青空を美しい雫で彩った。
その美しさがミーティアの胸に突き刺さる。
(エイト)
ミーティアは膝上に乗せた己の手をギュッと握って彼を呼んだ。
竜神の道を闊歩して暴れる魔物はすぐに見つかった。只、その討伐に手こずったのは竜神王との戦いが原因だろう。
エイトは肩で息をするのは久しぶりだと何処か感心しながらリレミトを唱え、今一度里の入口に向かって両親の墓碑に花を捧げた。二人の安らかな眠りを妨げる存在を打ち払った彼は、いよいよトラペッタに向かおうと呪文を唱える。
いや、もうルーラを唱える魔法力もない。
エイトは確かポケットに入れたままになっていた筈のキメラの翼を捜そうとそこに手を入れたが、旅のアイテム以上にいつもある筈の膨らみ、毛の感触、温もり……そして存在がないことに青褪めた。
「……ト、トーポ?」
もう間に合わない、と思った。
絶望に天を仰げば、キメラの翼を放り投げる筈の空はここに来た当初の快晴は既になく、怪しい暗雲が立ち込めていた。
石畳に濃い斑点が落ちたと思ったのは束の間のこと。それが噴水の水飛沫ではなく、空からのものだと気付いた時には既に曇りがかっていた。
「雨……」
先程までの快晴が嘘のよう。
あっという間に空の青を侵食した黒い雨雲は、トラペッタの物見台の尖塔に乗らんばかりの低さで辺りを覆い、広場の人々を軒に去らせた。
灰の空よりパラパラと降ってきた雨は俄かに強くなってミーティアの肩を濡らし始める。
(エイト、今頃はこちらに向かっているのかしら)
周囲の人と同じく、付近の店の軒先に逃れることも出来ただろうが、しかしミーティアはそこから離れようとは思わなかった。そして雨が己の身体を濡らし始め、この場に留まろうという意思は更に固まる。
(……エイト)
蓋しそれは意地ではない。
ミーティアには彼に濡髪を見せて待ちぼうけを喰った事を詰るような芸当は思いつく筈もなく、ただ単に約束の場所を違えることはしたくないという気持ちが優先しただけのこと。
(私、また貴方に我侭を言ってしまいましたね)
自分には彼の予定を知りながら約束を取り付けた責任がある。ミーティアはそう思いながら、暗い空から落ちてくる無数の雨粒を眺めていた。
しかしこの天気は悪くない。
ミーティアにとってこの雨が先程の晴天よりも心地よいと感じるのは、今の気分に合っているからか。
サァサァと鼓膜を掠める小雨は次第に身体を冷やしていくのに、彼女はそれを嫌がることなく受け入れながらベンチに佇んでいた。
(私、悲しんでいるのかしら)
先の眩しい太陽に一抹の寂しさを感じ、今の雨に何処かしら安堵の気持ちを抱いているのは、初めての待ち合わせに浮かれていた自分が空振りに終わった惨めさか。
ミーティアはすっかり人の気配をなくした暗い広場で、身を縮めながら瞳を閉じた。
今の気分にお似合いな空。
今なら雨に濡れたと言って流れる涙さえ隠せそうな。
「すみません!」
そう皮肉が込み上げた時、頭上から必死な声が降ってくる。
「大分遅れてしまって……本当に申し訳ありません」
声に呼ばれて見上げれば、息を切らしたエイトが必死の形相で立っていた。
「……エイト!」
否、彼は突如として振り出した雨から己を庇おうと、その上着を傘のように広げて頭上に被さっていた。
「それでは貴方が濡れてしまうわ」
「こんな雨の中……その、すみません」
遅れた理由など多くを語ろうとしない彼も、その姿を見れば直ぐに判る。
それは冒険をしていた頃によく見た限界の姿だった。既に自身の手で癒したのか深手の傷は見当たらぬものの、着慣れた服は世界を一周してきたくらいにくたびれているし、魔法力も底を尽きた様子がありありと伝わってくる。
「エイト、貴方まさか 」
何か大変な事を一人で抱えてきたのでは、とミーティアが不安げに口を開こうとした時、エイトは彼女の手を取ってベンチより抱き上げると、周囲を見渡して屋根を探していた。
「姫、此処では二人濡れネズミになってしまいます」
頭上に掲げた上着では傘として心許ない。
彼女をこれ以上濡らさぬよう雨より守ろうとしたその行動は完全なる無意識によってであろうが、ベンチから引き寄せられたミーティアの方は気が気でない。エイトの見た目よりは厚みのある広い胸元へ迎え入れられた彼女は、その温もりに大きな瞳を白黒させながら戸惑っていた。
「エ、エイト」
「あちらの軒先まで走れますか」
「えっ、えぇ」
頬に熱が上るのが理解る。
手を繋いだことすらサヴェッラ大聖堂での逃走事件の一度きり。想いを通じ合わせたとはいえ、彼とここまで触れ合ったことなどなかったミーティアは、その無意識下の大胆さに動揺を隠せない。ミーティアは背中に回された片腕の強さに眩暈を覚えながら、これが両腕ならば疾うに失神していたかもしれぬと心臓を昂ぶらせていた。
「冷えてませんか?」
「……はい……」
雑貨屋の軒先に束の間の雨宿りをしたエイトは、返事も覚束ぬミーティアに大きめのタオルを差し出すと、「どうぞ」と彼女を包んでやる。柔らかく温かいタオル地に覆われたミーティアは、仄かに彼の匂いのするそこに身を埋めながら火照る頬に手を宛がった。
(エイト)
次第に雨音が強くなるのを二人眺めながら立つ。ミーティアは早鐘を打つ心臓に甘く苦しい想いを募らせながら隣に佇むエイトを見やれば、彼は至って普通の表情で灰色の景色を窺っており、先程の行動が余程意識せぬものであったことを知る。
(……ドキドキしたわ)
そうミーティアが今しがたの彼の感触に惚けていると、雨足の弱まらぬ気配を窺っていたエイトは露知らず、苦笑しながら「さてどうしますか」と口を開いた。
「劇場へはこの格好じゃ行けませんし、バザーは店をたたんでしまいましたし」
自らの汚れた服を摘んで見せるエイトは、困り顔でミーティアに問うてくる。
「それに遊覧車はもう……間に合いませんよね」
改めて「すみません」と謝る彼は、ミーティアに心から申し訳ないと頭を下げた。
ミーティアは慌てて首を左右に振ったが、約束の時間を違えたことに深い罪悪感を抱いた彼は中々頭を上げようとはしない。人並みのデートに憧れていた彼女に、その定番とも言えるデートスポットへと連れて行けないことは更に彼を追い立てているようだった。
「いいえ、エイト。私は十分です」
ミーティアは咄嗟に言う。
彼の胸元に引き寄せられた高揚感は、何よりも得難い幸福だったのだ。
「まだ何もしていませんが」
「そ、それはそうですが……」
しかし彼女の恋心故の幸せに気付かないエイトは、キョトンとした表情で聞き返すも、尋ねられたミーティアはそれを口に出来そうにない。
「私、エイトと一緒に居るだけで、……十分なのです……」
柔らかそうな頬を桜色に染め上げて片言に言葉を紡ぐミーティア。
思いがけず嬉しい科白を聞いたエイトは、目の前のいじらしい彼女の様子に同じく頬を赤らめながら、「では」と次の提案をした。
「お腹空いていませんか」
彼らしい恥かんだ表情に苦笑が交じっているのは、彼自身が空腹だからだろうか。
「何処かに食べに行きませんか」
瞬間、彼の腹が鳴る。エイトはミーティアの表情を窺いながら、照れくさそうに笑って見せた。
「実は結構限界で」
「エイト」
彼らしいあどけなさに見つめられたミーティアは、一瞬驚いたような表情で瞳を丸くさせたが、次の瞬間にはその美しい瞳を細めて柔らかく微笑み返す。
「ミーティア、山盛り定食が食べたいです」
「えっ」
「食べたいのです」
それは冒険も最初の頃、まだ仲間がヤンガスだけだった頃に彼が二人で食べていたという安定食屋の定番メニュー。翌朝にトロデ王に報告して「またそれか!」と叱られていたものだった。
「お店の軒先を伝って行ける?」
「えぇ、まぁ……」
ミーティアは呆気に取られるエイトのやや濡れた髪をタオルで拭いてやると、悪戯っぽく笑って見せる。
「でも先ずは傘かしら?」
一国の王女らしからぬ好奇心の強さには慣れていたものの、意外な提案を返されたエイトは苦笑を滲ませながら頷いた。全く彼女には敵わない。
互いに濡れて色を変えた衣類に笑い合い、次の店の軒先まで走ろうという時、エイトは屋根の下からやや身を乗り出して雨を窺う。
「これは荒れそうですね」
午前の快晴は見る影もない。
このまま雨は夜から朝にかけて降り続くかもと呟くエイトに、ミーティアは満面の笑みで「いいえ」と返した。
「もう、晴れましたから」
曇り、のち晴れ。
本日の天気、
晴れ、のち曇り。ところにより俄雨。
しかしこの雨も、心持ち次第で回復してくるでしょう。
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【あとがき】 |
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これを読んで下さった方がどんな気持ちであったとしても、
読後はラストの馬姫様みたいに
少しは心が晴れるといいなぁと思って書きました。
感謝の気持ちを込めて、冒険者の皆様にお捧げします☆
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