我ながら凄い行動に出たものだ 1
導かれし者の一人として今は冒険者に身を窶(やつ)していても、アリーナは由緒正しきサントハイムの姫君であって、側仕えのブライは勿論、神官のクリフトにとっても、彼女は旅の仲間であると同時に守るべき王室の主君であることに変わりはない。
「姫様はごゆっくりお休みください」
「クリフトは寝ないの?」
「えぇ、まぁ」
夜。
アリーナはクリフトが毎晩自分の部屋の前で寝ずの番をしていると知ってからというもの、男として彼の弱さを指摘することは止めた。如何に自分が表面的な強さだけを見てきたのか改められたのである。
「こんな事してたら、クリフトが寝られないじゃない」
同時に彼女は、自分が女性であること、身分のあることを申し訳なく思うようになっていた。
「明日に影響(ひび)くわ」
「そんなに軟じゃありませんよ、」
正直なところ、誰かが襲ってきたとしても、アリーナはクリフトより力を持っている。
それなのにクリフトが扉の前に一晩中立つというのは、彼が騎士気取りのプライドを持つ故では決してなく、心からの忠誠に拠るのだから胸が痛い。性別と身分、クリフトはアリーナが負い目を感じているような理由で守っているのではないと理解ってはいるのだが、アリーナもまたクリフトには別の理由で休んで欲しいと思っている。
「私、あなたにはゆっくり休んで欲しいのよ」
せめて夜くらいは。
確かにクリフトは力ではアリーナに到底及ばない。しかし彼がパーティーの回復役やサポートとして誰よりも配慮を施しているのはアリーナもよく知るところである。武力のみに価値を見出していた彼女が、強さとは何かに気付くきっかけを与えてくれたのも、クリフトに依る所が大きいのだ。
「今日もずっと動いていたじゃない。疲れてるわ」
「お気遣い頂けるだけで嬉しいです」
「嬉しいだけじゃ、」
「十分です」
夜の静寂に相応しく、そっと微笑むクリフトは何所かしら月光に似ている。
あぁ、またそんな「強さ」を見せられてしまって、とアリーナはそんなクリフトの笑顔を困り顔で見つめた。
「クリフトが起きてるのに、寝られないわ」
「姫様はお眠りください」
「無理よ、」
それは彼に対する後ろめたさではない。
既にアリーナは彼の強さに気付いたと同時に、自らの追う視線の先、感情の正体も判り始めていた。
「私は大丈夫ですよ」
「クリフト」
その笑顔を見て胸が締められるのは、そう、後ろめたいからではないのだ。
「それなら、」
何か閃いたのか、昂ぶる鼓動に息苦しくなる呼吸を胸で整えながら、アリーナは長身のクリフトに顔を上げて切り出す。
「それなら、クリフトも私と一緒に寝ればいいじゃない……」
我ながら突拍子もない提案だと思った。
しかし、口にすれば成程合理的だという自信も湧いてくる。
「そ、それは」
聞いて狼狽するクリフトに、アリーナは努めて自然を装って続ける。
「部屋の前に居ても、窓からモンスターが来たって遅いじゃない。私と一緒に寝ていれば、何が起きても守れるでしょ?」
「そ、それはそうですが」
「ね? いいアイデアじゃない?」
クリフトが麗顔を崩して返答にあぐねている。アリーナは内心、いつも穏やかなクリフトがこのように困惑を浮かべる姿が好きでもあった。
そうしてアリーナが喜色のうちに彼の答えを待っていたとき、一方のクリフトは小さな息を一つ吐いて微笑すると、柔らかい口調で言を紡ぐ。
「それはできません」
「クリフト」
勿論、この提案にNOと首を振られることは判っていたが、アリーナの胸にチクリと痛みが走る。淡い恋心にほんの冗談を交ぜて言ったつもりが、拒まれる辛さは予想以上。
消え入るように呟いて、アリーナが俯く。
「そう、よね」
彼女の苦笑が翳ったその時、クリフトは腰を屈めて彼女の視線の高さになると、洗いたての前髪を掻き揚げて現れた額に、小さなキスを落としていた。
「おやすみなさい。アリーナ様」
小さなキスが振り落ちる。
鼓膜を擽るようにチュッと音を立てた夜の挨拶は、アリーナの胸を酷く掻き毟って騒がしくする。ドキドキと脈動を始めた心臓の煩さを感じながら、今しがた柔らかい唇の落ちた額に触れてクリフトを見上げれば、彼もまた少し照れたように微笑んで扉の向こうに消えた。
「〜〜〜〜〜っ!!」
扉を開ける勇気なんてない。でも、このままベッドにも戻れない。
アリーナは突然のキスにへなへなと腰を下ろし、その場にへたりこんでしまった。
(……我ながら凄い行動に出たものだ)
一方、彼女に唇を落としたクリフトは、扉の前で顔を真っ赤にさせながら一夜を過ごすことになる。自分でも何をやっているのかと問いかけながら。
扉を隔てて男女二人。
眠れぬ夜が、始まろうとしている。
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