責任
戦士の国・バトランドをあとにガーデンブルグへと旅立った一行は、一部を馬車に長閑な街道を歩いていた。
「戦士の国といえども、美しいご婦人もいらっしゃいましたな」
「トルネコ殿。まさか戦士だらけの男の国とお思いでしたか」
「うーん。そこまでは思ってませんが……」
トルネコとの会話も耳の片隅に置き、今や昼間の見通しの良い街道でさえ索敵に油断を許さないライアン。生真面目な彼の歩みを後ろ背に見て、マーニャはクック、と笑っている。
「あんたがそんなだから、そう思うのも当然かもねぇ」
聞いてライアンが口を歪めたので、それに合わせて髭が小気味よく動いた。軽やかな足取りで警戒なくステップを踏むマーニャとは対照的な彼の素朴さを、隣を歩くアリーナが見つめている。
「それにしても、あの人ったらライアンに気がありそうだったわね」
「えぇ。私もそう感じましたよ」
マーニャとトルネコが口を揃えて言い合った。勿論、二人の視線は自ずと実直な王宮騎士の背に集まる。
「な、なにを」
ライアンは明らかに動揺していた。
「あの人。ライアンの事、待ってるみたいだったわー」
「これは不憫ですなぁ。ライアン殿は旅に出て数年、今も想い続けているとは」
「そ、そんなことは……あ、ありますまい……」
肩を強張らせてたどたどしい足取りになる彼を見て、二人は更にわざとらしい溜息を吐く。
「いえいえ、マーニャさん。この旅が終わればご婦人にもきっと良い知らせが来る筈ですよ」
「そうねぇ。ライアン、あんた責任取らなくちゃ駄目よー」
女を待たせるなんて! とマーニャは大声で言った。
「なっ! せ、責任など……」
ライアンが振り返ると、彼の鎧の輝きに負けないほどに頬は桃色に染め上がっていた。
「勿論、取らねばなりますまい」
「ト、トルネコ殿まで」
「そうよ。ライアンだってまんざらでもないんでしょ?」
「む、む、むう……」
そうして街道がにわかに騒がしくなったのを、アリーナは不思議そうに眺めている。
「……」
今やライアンは顔を真っ赤にして二人の笑みを否定して、一方の二人はそれが面白いのかニヤニヤと彼の困憊ぶりを伺いながら会話を続けている。
ケラケラと高笑いしながら、「アリーナもそう思うでしょ?」とマーニャが視線をうつしたとき、アリーナはキョトンと首を傾げていた。
「責任って、なに?」
「……」
「……」
「……」
先ほどまでの喧騒とはうってかわっての静けさ。木々のせせらぎや小鳥のさえずり、風にゆられる草の音までが聞こえるほどの沈黙になる。馬車を引くコロコロという音が大きくなった。
「ライアン、何の責任を取るの?」
アリーナは可愛らしい無表情で、閉口していたライアンに尋ねた。
「……お、お嫁さんに迎える、ということですかな」
子どもにも分かりやすく。
ライアンはそう思って一息つくと、落ち着いた声で言った。
「えっ! そうなの? いいな!」
聞いてアリーナの顔がパッと綻ぶ。マーニャがそれに便乗した。
「ね! ステキな事でしょ? 早くライアンにも落ち着いて欲しいわよねぇ!」
「それを言うならマーニャ殿こそ落ち着くべきではあるまいか」
「うっさい!!!」
「まぁまぁ二人とも。どちらも式は私がプロデュースいたしますよ」
「また商売の話?」
再び火のついた会話を背に、アリーナはトコトコと馬車へ走りよった。
「クリフトー」
馬車の中には、突然の声と光に驚いたソロとミネア、クリフト、ブライがそれぞれ装備の確認をしていた。
「姫様」
交代の合図かと思った4人が、アリーナに集中する。
「クリフト。私の責任、取って!」
にこやかにアリーナがクリフトを見つめる。
その声の大きさは、馬車のメンバーを驚かせるだけでなく、街道を歩きながら舌戦を繰り広げていた3人をも止める勢いがあった。
「……」
この発言に、パトリシアすら歩みを止めたので、馬車の歯車の音さえなくなる。水を打ったような静寂が一行を包んだ。
「……そうなのか? クリフト」
ポツリ、とソロが口を開く。
そう言ってクリフトを見れば、彼は顔面を蒼白にして固まっていた。
「ひ、ひひ姫様」
弱々しい声がクリフトから発せられたかと思うと、隣では暗黒の霧を漂わせる老魔導師が小刻みに震えている。
「……ク、クリフト……おぬし……」
馬車の空気が一転して地獄の世界のそれに変わる。
怒りに覆われたブライの杖からは、今なら裁きの雷さえ振り注ぎそうなほど。
「なっ、な、何もしていませんよ!」
慌ててクリフトが両手を振った。
その様子を見ていたアリーナは、物足りなさそうに言葉を加える。
「クリフトの責任、欲しい」
あなたのお嫁さんになりたい。私と結婚して欲しい。
そういう思いで口にしたセリフは、ブライの怒気を増長する火の油でしかない。
「こっ、このたわけがぁっ!」
「ち、違うんです。今、外でライアン殿と貴婦人の話をしてて……」
トルネコが慌てて馬車まで近寄り、ブライの怒りを収めようと必死に説明した。
「知っておる! 聞こえておったわ!」
しかしブライは構えを解かない。
「姫様、“責任”とはこういうコトでございますぞっ!」
ブライはそう言うなり、懐よりどくばりを出してクリフトに襲い掛かった。
「死ねェ! クリフト!」
「うわっ!!!」
「貴様の罪は、死を以てしてしか償われぬ!」
「ちょっ、待……っ!」
クリフトは堪らず馬車より飛び出し、アリーナの手を取って走り出した。
「待てぃ! 破戒僧!」
ブライが激しい気性を露にして追ってくるのを背に、クリフトは必死に街道を駆け抜ける。
「姫様、何ということを……っ!」
「? どうしてブライは怒ってるの?」
クリフトが逃げるのも。ブライが追いかけるのも。理由が分からない。
走りながら、アリーナは不思議そうに尋ねた。
「……!」
クリフトは頭を抱えて「参った」という表情をしている。
走るのが好きなアリーナは、複雑な表情を見せるクリフトを尻目に、どこかしら楽しくなってきた。
「このままガーデンブルグまで走っちゃおうか!」
「……ブライ様の体力とお怒りも、そこまで持たないかもしれませんね……」
クリフトが真面目な顔で言うと、アリーナは吹きだして笑う。
「よく分からないけど、合流したらお説教だね」
アリーナがにこやかに微笑むと、クリフトは振り返って言った。
「この責任は取らせていただきますよ」
貴女を愛している以上は。
瞳を見て、しっかりと、強く。クリフトは息を弾ませながらも真剣にそう言った。
「うんっ!」
アリーナは顔いっぱいに微笑んで、猛スピードで彼と走っていった。
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