|
※この文章は、暗号解読をするかJavaScriptを解除して、コピーを図った場合に表示されます。
このページは、小説の無断転写や二次加工を防ぐために、マウスコマンド制御やソースの暗号化などを設定しています。というのも、管理人は小説をweb公開しておりますが、著作権の放棄はしておらず、パクられるのがイヤだからです。管理人の主旨をご理解のうえ、小説は当サイト内でのみお楽しみくださるようお願い致します。 |
|
「おはよう」が「おやすみ」に変わるまで。
エスタークを倒して一日経った翌朝、朝露の乗った窓に差す光の眩しさを享受したのはアリーナだけだった。柔らかい朝日に瞼を擽られて覚醒めた彼女は、カーテンに手を掛けたところで同室のマーニャに遮られ、仕方なく部屋を出る。
「とっても気持ち良い朝なのに」
眩しい、と艶やかな花顔を顰められれば、アリーナとて彼女を無理矢理起こそうとは思わない。見れば隣のベッドでは毛布を頭から被ったミネアらしき人物が丸まっており、まだ目覚めるには早すぎるのかと嘆息する。
「まだ誰も起きていないのかしら」
昨夜は久しぶりにメンバー全員で飲み明かした。
アッテムト鉱山よりエスターク神殿に辿り着くまでが想像を絶する過酷な道だったことに加え、神殿に眠る主の強さはこれまでに戦ってきた敵とは比べ物にならぬほど強く、パーティーの中でこの一戦がどれだけ精神的肉体的に重圧をかけていたかはアリーナも重々承知している。
故にエスタークを倒した一行が、マーニャの進言する「ドンチャン騒ぎ」を受け入れたのも自然の成り行きだったのかもしれない。デスピサロ率いる魔物の脅威が完全に去った訳ではないが、さしあたり世界を覆しうる凶悪な魔神の復活を阻んだことを祝おうと、エンドールの一番大きな宿に泊まって祝杯を挙げたのだ。
「ブライ、起きてる?」
「……勘弁して下され」
自分と同じく朝が早く、起きている可能性の高い老魔導師の部屋のドアをノックして声を掛けると、枯れきった荒ぶような声が苦しそうに訴え返してきたので、アリーナは諦めて再び廊下を歩き出す。
一体いつまで酒を煽っていたというのだろう。元々彼は豪胆奔放な性格をしており、王女の目付役でなければ喜んで杯を取る人間なのだ。紅蓮の炎が似合う凄艶の魔法使いに酒を注がれれば拒もう筈がない。彼は宮仕えをしていた頃には見せなかった表情でトルネコやライアンらと酌み交わし、久々に酔いの回りを楽しんでいたようだった。
ブライがこの状態なのだから、他の仲間達も未だ深い眠りに落ちているだろう。
「ソロ、起きてる?」
「………………」
一番の功労者である勇者の部屋からは、扉の隙間から禍々しい眠気が漂うばかりで、彼が起きたようは気配はない。アリーナと左程年齢も離れていない少年は、さしずめ酒に飲まれたというところ。今頃は扉の向こうで慣れぬ二日酔いに悶えているのかもしれない。
「つまんない」
目映い朝日を身体いっぱいに浴びたアリーナはすっかり目覚めてしまって、晴れやかな朝を分け合う相手の居ない寂しさに焦れてくる。
厳しい戦いの後にやってくる朝の爽快感は格別だ。まだヒンヤリとした芝を踏み、己の髪を涼やかに撫でていく風に任せて街並みを歩く心地よさは、苦しい旅の中では余程味わう機会がない。一人で宿屋を出るのも良かったが、アリーナはどうしても穏やかな朝を仲間と共に感じたかった。
「クリフト、起きてる?」
神官である彼なら、今日も真面目に祈りを唱えているだろうと思ったアリーナは、起きているという確信を前提に大きく扉をノックする。
「おはよう! クリフト!」
そして同時に扉を開けていた。
「あれ」
「………………」
居ない、と思った矢先、ベッドにこんもりとした塊を見つける。頭まですっぽりと毛布を被っているのか、クリフトと思われるその山は微動だにしなかった。
「、クリフト?」
「………………」
返事がない。ただの屍のようだ。
いつもなら長閑な苦笑を浮かべて部屋に押し入る自分を窘める筈の男は、差し込む全ての光を拒絶するかのように上掛けに長身を包んで横たわっている。
「おはよう!」
「………………」
「お! は! よ! う!」
「………………」
アリーナはお構いなしに毛布の上から大声を出し、彼の耳と思われる当たりに顔を近付けて起こそうとした。彼が起きていたならば拒まれる距離だ。
「………………姫様」
「クリフト」
漸く塊から鈍い低音が聞こえる。それは凡そクリフトらしからぬ声だった。
「起きようよ、もうお日様があんなだよ」
「………………」
「外の空気が気持ち良いよ」
しかし一度呟いた彼はその後反応がなくなり、アリーナが爽やかな声で畳み掛けてもピクリともしない。
「ねぇクリフト」
む、という唸り声が聞こえた気がしたが、深い眠りは余程甘やかで強いと見える。温かい毛布の闇に包まれた彼は最愛の人を前にしても覚醒が促されることはなく、もぞもぞと蠕動しただけで起きそうにない。
「起きてよぅ」
「うーん」
アリーナは中々反応を見せないプッと頬を膨らませながら、しかし珍しい事もあるものだと内心で驚いていた。
マーニャには朝から騒がしいと窘められるほど早起きが得意の彼女も、未だクリフトの寝顔を見たことはない。彼は誰より早く起きて、一行の朝食を用意したり祈りを捧げに教会へ行ったりしているのだ。凡そ彼が寝坊するなど考えられぬアリーナは、普段の真面目さや精錬さのない彼に瞳を丸くしてその様子を窺っていた。
「クリフト」
しかし中々悪くない。その鈍さに新鮮味と一抹の悪戯心を湧き上がらせたアリーナは、ユサユサと彼の塊を揺すって安らかな眠りを妨げた。
「……結構寝起きが悪いのね」
これでは姉を起こすのに毎朝苦労しているミネアのよう。マーニャもまた余程の刺激を与えない限りベッドから張り付いて離れない厄介な人間なのだが、今のクリフトはそんな彼女にも匹敵し得る惰眠を貪っている。
「これは姐様といい勝負だわ」
アリーナはミネアの起こし方を思い起こし、塊になって埋まるクリフトの上に馬乗りになり、やや強引に毛布を引き剥がして朝日にその目蓋を晒した。
「とっても良いお天気なんだよ?」
窓際の光を浴びさせようと、アリーナは彼の顔を両手でグイと上に向かせる。
「………………ぐっ、」
瞬間、ゴキリという首の骨の鈍い音がしたが、アリーナは気にしなかった。
クリフトを下に敷いて彼に乗ったアリーナは、眼窩に寝起きの彼を見る。深い藍の髪は寝癖がついていて、光の眩さに柳眉を顰める佳顔は何処かしら色気を漂わせていた。
首の痛みと差し込む光にうっすらと瞳を開けたクリフトは、やや身動ぎして己の上に乗るアリーナを見上げる。まだ事態の飲み込めていない彼は、朝の陽光にも負けぬ輝かしい笑顔を降り注ぐ天使をぼんやりと眺めていた。
「………………」
冷静な自分ならば、まず己の腰の真上に跨っている彼女に忠告しただろう。無邪気な彼女は知らぬだろうが、その位置は酷く自分を狼狽させるし、他の男に同じ事をしようものならとんでもない体勢だ。加えて異性の部屋に警戒なく入ることや、寝込みを窺うのは危険過ぎる。
漸くお互いの気持ちを理解してきたばかりなのだ。親しく出来ることには正直に喜びたいが、本当の恋人になるにはまだ彼女はあまりにも幼い。分別のある普段なら、当然クリフトはそれらの意味を教えるべきかどうか悩んでいたに違いない。
「起きてよ、クリフト」
しかし今は思考が相当鈍っているのだろう。
「……勃きている時もあるんですが」
彼はアリーナを受け止めた自身の中心を眺め、そう呟いていた。
「クリフト?」
「そうじゃない今が少し残念に思います……」
「???」
彼女が跨った位置には、欲望に忠実な分身が居る。敏感に反応すると思ったそこは意外にも冷静に彼女の心地良い重みを支えており、鈍感な五感にクリフトはますます思考を曖昧にさせていく。
「……もう少しだけ」
「え? ……あっ、」
静かに呟かれた言葉を確かめようとアリーナがクリフトの麗顔を覗き込もうとした時、毛布の中から彼の腕が伸びて捕らえた。
「もう少しだけ、眠らせて下さい」
そうしたら頭も身体も冴えるだろうと、クリフトは言葉足らずにアリーナを己の毛布の中に引き込む。
「ク……リフト」
戸惑う暇もない。クリフトに跨っていたアリーナは彼の傍の弾力に誘われると、毛布に包められて身動きを封じられた。
驚いたアリーナの見開いた瞳には、刹那クリフトの穏やかな寝顔が飛び込む。
「、」
「……あと少し」
何か見てはいけないものを見たような気がして、アリーナが慌てて視線を泳がせた。すると次は彼が薄手のシャツ一枚しか着ておらず、普段は隠れている筈の肌が晒されているのに気付いてしまう。ベッドに横臥した彼の着崩れた襟元からは、アリーナのそれとは全く異なる硬質な首筋と鎖骨が覗いており、寝乱れた跡が何処か危うい色気を放っているように感じた。
盗み見るように上目にクリフトを見上げれば、彼は深い眠りに誘われてしっとりと目蓋を閉じ、長い睫毛を惜しみなく晒して安らかな寝顔を見せている。今も夢現の狭間を往来しているのだろう、彼はゆっくりとした呼吸を繰り返し、静かに眠っていた。
「……クリフト」
初めて見る光景に胸が高鳴る。
どうやら寝惚けているのだろう、彼はアリーナを柔らかい枕のように抱き寄せ、その温もりを己に取り込もうとする如く身を寄せて離さない。起きている時には到底しない事をやってみせる彼に、アリーナは躊躇いながらもそのまま身を任せてしまっていた。
「……っ、」
どうして良いか分からない。でも嫌じゃない。
心臓の鼓動が早くなるにつれ混乱し始めたアリーナは、それと同時にクリフトの胸元に残る赤い斑点を見つけて暫し閉口した。
発疹のように浮かび上がる斑点は、同じく酒に弱い父王が宴の翌日に必ず作っていたもの。王宮付の医師が無理な飲酒を控えるよう小言を言っていたのを子供ながらに聞いていた覚えがある。
昨日の宴でアリーナの飲酒を否定した彼は、自分が居なくなった後に酒を飲んだというのだろうか。発疹するほど酒を受け付けない身体であるのに?
「クリフト……あなた飲んだのね」
ならば今の凡そ普通ではない彼の姿も納得できる。
アリーナはやや呆れたような溜息を吐いてクリフトを見つめると、彼は瞳を閉じたまま、ただ一言呟いて彼女を抱き寄せた。
「お許しを」
神へ罪の赦しを請うような口調は、飲酒に対する告解か、それとも惰眠に対する謝罪なのか、またはアリーナをベッドへと引き込んだことに対する罪の意識か。深く目蓋を閉じて呟く彼からは、それ以上の言葉を聞くことは出来ないが、アリーナは彼の寝姿に困ったように笑ってそれ以上の会話を止めた。
「………………うん」
冴え渡る陽光に覚醒めたアリーナも、クリフトの温かい胸元に抱き寄せられては眠気も蘇ってしまう。当初の予定では、ほんのりとした慕情を抱く彼と共に凛とした朝の街並みを歩く筈だったが、ここで平和を感じるのも悪くない。
アリーナは今や静やかな寝息を立てるクリフトに小さく「おやすみ」と言って、同じ夢を見ることにして落ち着いた。
|
|
【あとがき】 |
|
今回、アリーナ以外のメンバー全員酔いつぶれてるんですけど、
皆が起きてきた頃にまだ二人が寝続けていたら、
炎系の魔法使いに嘲笑われるわ、
氷系の魔法使いには凍らされるわ、
クリフトには散々な結末が待ち受けているのではないかと。
|
○ |
|
○ |
○ |
○ |
|
|
|
|
|