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その名高きトレロカモミロ 男の中の男だけど
大国エンドールの繁華街、大通りに面する酒場となれば喧騒の程はまるで戦争のようで、高く掲げた杯をぶつけ合う音や、昂ぶるままにテーブルを叩く音は絶えず、享楽の宴を縫うように走る給仕の靴音はフロア中を忙しなく駆け巡っていた。
世界の都と呼ぶに相応しい大国ともなれば、華と名声、財や情報を求めて集う人の層も広く、見渡せば旅人や占い師、やくざ者や盗人の類までもが堂々と入り乱れて飲み明かしているではないか。マーニャの言うとおり、身を隠すにはこのくらい雑多であった方が確かであろうが、年端も往かぬ勇者をこのような場所に置くのはどうかとも思う。
「ライアン、こっちこっち!」
「む」
声の方向に瞳だけを動かしてみれば、勇者と同じくこの場には不釣合いな少女が可憐に手を振って存在を示している。ライアンは無垢な瞳を輝かせながら己との合流を待つ彼女に内心皮肉を浮かべながら、無表情に口髭だけを動かして爪先を向けた。
「おっそい!」
「すまぬ」
円卓に座れば、既にずらりと酒瓶を並べたマーニャが眦を吊り上げて言ってくる。寡黙な彼なりに街を巡って情報を集めたつもりだったが、宴も酣になった今はその収穫を言っても無駄だろうと、ライアンは黙って差し出された杯を飲み干す。
「あとは神官と爺さんね」
「ブライは先に宿に戻るって言ってたわ」
「ちょっと、なにそれ!」
此処で落ち合って夕食を兼ねるつもりが、老齢の魔術師は固く辞して帰路へとついた。聞けばトルネコも愛妻の手料理があるからと言って久しぶりに我が家へと帰ったらしく、エンドールに入ってから纏まりのなくなったパーティーに、マーニャは露骨に難色を示した。
「私だって別行動したいのをガマンして付き合ってんのよ」
不貞酒を煽っているのか、否、彼女はただ飲む理由が欲しいだけだ。妹のミネアの厳しい監視下に置かれて余程窮屈を強いられたのだろう、マーニャは一日の鬱憤を晴らすように勢い良く杯を傾け、メンバーの苦笑を集めている。浴びるように酒を飲むその速さに凡そ気品があるとは思えないが、細い肘をテーブルに付いて華奢な上半身の重みを預ける彼女の姿はそれでも美しく、周囲の男の目を惹いていることには間違いない。
「で、乾物の神官さんはまだなの?」
祈り続けたからといって神から有益な情報が聞ける訳でもなければ、儲けがある訳でもない。エンドールに到着してから真っ先に教会を訪ねた彼に愈々大きな溜息を吐いたマーニャだったが、戻ってくるのもこのようでは、長身に湛えた麗顔にも興が冷めるというもの。折角の美形が台無しだと、マーニャは色気のない彼に憐れみを込めて十字を切った。
その時、
「ここにアリーナ・チャンって奴は居るか!!」
大地が裂けるような大声が窓口より轟いた。地鳴りの如き野太い声が酒場のフロアに反響し、喧騒の止まなかった室内はここで一瞬のうちに沈黙する。
見れば黒牛の如き巨体の男が、左右の腕を5人の男に制されながら乗り込んできた様子。彼を取り囲む男達もその姿から力自慢の闘士に思われるが、彼等をして御せられぬこの大男は如何なる強さであることか。大きな筋肉の塊の驀進する様はまるで大砲の砲弾のようで、その勢いは入り口の扉を破壊しそうなほど。
男の発した怒号のような一声に、この場に居る全ての者の視線が戸口に立つ大男に集まったとき、彼はそれからもう一度言った。
「アリーナ・チャンは居るか!!」
「居るわよ」
静まり返った酒場に凛とした声が通る。大男とフロアの全員が声の方向を辿れば、そこに居たのは少年と少女、そして凄艶の美女と厳めしい剣士。旅芸人かお尋ね者の集団か、一見では分からないメンバーの構成に、周囲の沈黙は更に深まる。
先程口を開いたのはアリーナだった。戸口に仁王立ちする大男にも慄かずに言い切った、可憐な彼女に吃驚の視線が集まる中、求めていた言葉を聞いた男はずかずかと彼等のテーブルまで近寄り、夕食を囲むパーティーを高みよりジロリと見下ろす。
「アリーナ・チャンってのはアンタかい」
「む。某ではござらんが」
男が凄みのある低音で捉えたのは剣士ライアン。
「じゃあそっちのボウズか」
暴れ馬を取り押さえるが如く両腕に絡みつく男達を物ともせず、気焔を吐かんばかりの大男がやや乱暴に言い放つと、言を掛けられたソロは眼も合わさず不機嫌そうに言った。
「何か用かい」
己がこの男の捜している者でないことは勿論分かっているが、彼が闘う気に溢れていることはそれ以上に伝わっている。旅の唯一の楽しみである食事の時間を邪魔された苛立ちを解消するに、眼前の男をはり飛ばすくらいはやっても良いのではないかとソロは思った。
そして喧嘩腰に言えば乗らぬ相手ではないだろうと挑発を込めて彼が言った時、ソロの鋭い視線を遮るように言を放ったのは、先程から席を立っていたアリーナだった。
「アリーナは私よ」
「なにっ!!」
彼女の言葉に大男の声が再びフロアに裂ける。
小僧と見下したソロ目掛けて拳を鳴らしていた彼は、目玉が飛び出るほど見開いて華奢な美少女を凝視した。
「アリーナ・チャンとは……」
それと同時に巨体に群がっていた男達が一斉に謝る。
「アリーナちゃん、ごめんよ!」
「お前さんがチャンピオンになったって言っちまったら、こうなって!」
彼等はアリーナを知っているようだ。そしてアリーナもまた彼等と面識があるらしく、居並ぶ困り顔を見るとハッとして表情を変えた。
「マスルさん達!」
「アリーナちゃん、実はこいつが元チャンピオンなんだ」
彼等はエンドール城下で最多の会員と支援者数を誇る「格闘愛好会」の主要メンバー。その名の通り格闘と武闘を好み、自らの筋肉と技を鍛える熱血漢の集団である。
以前、エンドールの武術大会で優勝を勝ち取ったアリーナは、密かなるファンの計らいによって愛好会への入会を誘われていたが、入会と同時に行われるランキングバトルに於いて、愛好会史上前代未聞の「入会日即チャンピオン」を果たしたのが3日前のこと。その時は暫定チャンピオンを一撃で倒して王座をもぎ取ったアリーナであったが、本来のチャンピオンが食中毒で休んでいることも聞いていた。
それが今の彼というわけか。
「なんということだ!! こんな小娘が!」
「小娘とは言い様ね」
筋骨隆々の大男は、己の勘違いとアリーナの風体に大いに驚いて叫ぶ。
「俺はてっきり……」
漢(おとこ)の中の漢だけが入会できる愛好会、別名「マッスル・ガイの集い」とも呼ばれる強者どもの園に女が入会を許され、しかもその頂点として君臨するとは。俄には信じられぬ事実であることは、話のくだりを聞いていた群衆も同じで、次第に周囲はザワザワと騒ぎ出す。
そうして改めて目の前の少女を見たところで、彼女が何人もの手練と戦いしかも勝利した武闘家であるとは思えない。扇より重いものを持ったこともなさそうな細腕と小さな拳にどれ程の破壊力があるというのか、元チャンピオンであるこの男も含め、戦いの現場を見逃した者達にはやはり理解できないことだった。
「俺は認めん! ここで手合わせ願おう!」
「いいわよ」
即答したアリーナに更に周囲からざわめきが起きる。それと同時に仲間のソロ達が呆れたように溜息を吐いたが、虚しくもそれはフロアの高揚感にかき消された。
「アリーナ殿。こんな所で戦うつもりか」
「武闘家たるもの、いつ如何なる時にあっても挑まれた戦いを拒むことはないわ」
ライアンが片眉を上げて問うたが、彼女に「戸外(おもて)に出ろ」という言葉はないらしい。己の存在する全ての時間と場所に於いて常に戦いがあるとは武闘家としてのアリーナの信条であり、彼女もまたこの点に関しては眼前の大男と同じく血の気が多い性質(たち)だった。
瞳を鋭くさせるアリーナの陰で「何処のグラップラーだよ」とソロが溜息を吐いたが、揶揄したところで二人の戦いは避けられそうにない。切めてテーブルが破壊されるまえに好物の煮込み鍋だけは頂いておこうとソロが手を伸ばした時、戸口から再び声が発せられた。
「遅れてすみませんでした」
「お、クリフト」
緊迫した空気の中、柔らかい声が静かな酒場によく通った。
大通りの喧騒を歩いてきたクリフトが外套に付いた埃を払いながら中を見てみると、やや奥まったフロアにアリーナと筋肉の塊のような男が睨み合っているではないか。
「姫様、」
その声色は今から始まろうとする戦いに驚くようでもなく、狼狽えるようでもなく、またアリーナを叱責する訳でもない。彼の声は寧ろ周囲が驚くほど穏やかで、またこの場には凡そ不釣合いな落ち着きがあった。
「随分とお食事が進んだようで」
マーニャの空けた酒瓶を見て言ったのだろう、幾許の失笑を佳顔に零したクリフトは踏み止まるどころか滑らかな足取りで近付いていく。彼は酒場には珍しい沈黙と注目の中、何事かと躊躇うまでもなくアリーナの元までやってきた。
「姫様、食前のお祈りはなさいましたか?」
「クリフト」
食事前の祈りを疎かにしがちなアリーナは、まだその言葉を覚えていない。今夜もまた自分が居ないことを理由に、合わせる手を忘れて箸を持っていたのではないかと皮肉を込めて言ってみるが、アリーナ本人然り、クリフト以外の者にとって今の問題はそこにない。
この期に及んで場違いとも思える彼の冷静に戸惑ったのは仲間達だったが、闘志を削がれた大男の方は苛立ちが募ってくる。クリフトのあまりの穏やかさに痺れを切らした男は、怒りの矛先を変えて彼に真向かった。
「てめぇ、割り込むとはいい度胸だ」
ただでさえ倒す予定であった「アリーナ・チャン」が愛らしい少女であったことに失望と憤懣を抱えていた所である。そして始まる筈だった死闘に横槍を挟まれた腹立たしさは、この優男を殴り倒すほかに遣り場がない。
男は握り締めた拳を叩き込むべく、麗貌を湛えたままのクリフトめがけて突進した。彼を取り押さえようと両腕に獅噛みついていた闘士らはその反動に振り落とされ、猛牛か大猪か、解き放たれた大男は弾丸のようにクリフトに飛び掛る。
「クリフト!」
アリーナの声と共に、あっという声が酒場中に反響した。
しかし彼の危険を推し量って漏れた筈の声は、次の瞬間、その真逆の展開となる。クリフトは突進してくる大男の懐にふわりと身を添えると、男の勢いに合わせて彼の顎裏に手刀を入れ、カルタを返す如く男の巨体を地面に落とした。その衝撃は酷く大きく、今度は本当に地鳴りがして酒場が震えた。
柔よく剛を制すとは、まさにこの事。クリフトは力を込めるわけでもなく男の体躯を平伏(ひれふ)させると、先程と変わらぬ声の調子でアリーナに言った。
「姫様、悪酔いされては困ります」
「酔ってるんじゃないわ」
一連の出来事に対し彼の言葉は一切ないが、クリフトは事態が読めぬ男でない。彼は今しがたアリーナが大男と対峙していた理由の大概を察することが出来るし、此処で大乱闘を起こす問題の大きさも重々承知している。寧ろその点に於いてはアリーナ本人より理解しているようで、彼はやや不満な表情を見せる主君に溜息を吐いて「それに、」と付け加えた。
「お食事の途中に喧嘩とは、お行儀が悪い」
「だって、向こうから」
「埃が俟っては、他の方の迷惑になります」
「一撃で倒せたもん!」
二人の会話が進む一方で、酒場は未だ喧騒を取り戻せず注目し続けている。クリフトの足元で倒れた大男は余程巧みにカウンターが入ったのか、狭い酒場にテーブルも食器も壊すことなく床に収まり気絶している。男の沈黙に吃驚を隠せないのは彼を押さえていた闘士達も同じで、アリーナの強さには羨酔を抱いていた彼等も、細身の優男が見せた力以上の何かに空いた口が塞がらない。
そんな酒場に居る者の視線を一手に集めることとなったクリフトの方はと言えば、彼は相変わらず周囲からの驚異の眼差しに全く気を留めることなくアリーナだけを見つめている。
「さぁ宿に戻りますよ」
既に夕食を楽しむ状況でないことは明らか。長居は無用とばかりクリフトがアリーナを促せば、彼女は後ろ髪を引かれるようにテーブルの料理を見て留まった。
「いやよ、まだ食べるんだもの」
「このような時間になっては、脂肪になるばかりです」
チラと見やったのがマーニャであったからか、皮肉の一瞥を受け止めた彼女は「ムカつく」と吐き捨てる。アリーナへの忠告と共に彼女への諫言も示しているのだろう、マーニャは彼のそんな世話焼きの性格を嫌味に思いながらグラスを傾けて睨んだ。
「まだデザート頼んでないのに、」
もとより言われてハイと頷く性格ではない。クリフトの催促にアリーナが憤(むずか)って、このようなやり取りがいつまで続くのかと思った矢先、彼女の身体が浮いた。
「ちょっと! クリフト、」
「夕食が終わったら会う約束ではありませんでしたか」
「降ろしてー!」
ジタバタと足を泳がせるアリーナを抱え、クリフトが穏やかに言う。静かに、しかし確かに言う口調はアリーナの瞳に迫り、仲間達はそこでようやく彼が焦燥していたのだと気付くに至った。
「美酒に酔わされお忘れになったのでは」
「忘れてないし、それにまだ全然飲んでないんだってば!」
約束したのはアリーナの方。
クリフトとしては食事もそこそこに彼女を楽しみたいところであったのに、彼女自身が厄介事を抱えてその時間を潰すようなことがあっては堪らないという理由(わけ)か。彼の腕に抱えられたアリーナは身を捻って反論しているが、事情を察知した仲間達は、結局は痴話喧嘩の類かと結論付けると、盛大な溜息をついて食事を再開した。
「そんなにお飲みになりたいなら、後でたっぷりと差し上げます」
「やーん!」
クリフトは腕の中で落ち着かない彼女をそのまま抱えて踵を返す。つかつかとテーブルの間を通り抜ける彼の靴音が聞こえるほど酒場は静まり返り、「やだやだ」と駄々をこねるアリーナの可愛らしい声だけが耳に残った。
「お騒がせしてしまいましたね」
それは周囲の者に言ったのか、アリーナに言ったのか、それとも自身への皮肉にしか過ぎない呟きか。クリフトは戸口の前で振り返ると、アリーナを膝抱きにしたまま言った。
「それでは皆さん、おやすみなさい」
たおやかな微笑を乗せて深々と礼をする、その色気は寒気がする程美しい。既に彼の仲間達は並んだ料理にしか注がれていなかったが、酒場に残された他の者達は彼に視線を釘付けにされたまま、暫し喧騒を忘れて戸口を見つめるばかり。漸くポツリと零れたソロの呟きが妙にフロアに沁みた。
「てかあいつ、然りげに凄いこと言わなかったか?」
そうしてクリフトが「漢の中の漢」としてマッスル・ガイの集いに名を連ねたのは、この翌日のことである。
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【あとがき】 |
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ランララ ランララ ランララ ランラン
ランララ ランララ ランララ ランラン
ランララ ランララ ランララ ラン ラン ラン
オレ!
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