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最初、それが心臓の音だっていうことに気がつかなかった。
「姫様」
クリフトの真剣な瞳が真直ぐに私を見つめてきて、その深い色に私の心臓がドクンと跳ね上がった時、初めて今耳に聞こえる音が、私と同じその音なんだって気付いた。
「私は姫様の事が」
なに、と言おうとした唇は時間(とき)と共に震えて止まる。普段クリフトを真正面から見ることなんて余程ない私は、「真剣なクリフトってちょっとカッコイイかも」なんて彼の唇の動きに密かに胸が弾んだ。だから耳に煩く聞こえる今の鼓動がクリフトのものなのか私のものなのかなんて、もう分からない。
回復の時以外は決して触れない手が伸びて、私の赤くなった頬に触れたその瞬間、耳に届くドクンドクンという音が更に大きくなる。
「好きです」
呼吸が止まりそう、って思ったその時、全身どころか周囲の空気が燃えるように熱くなった。
ていうか、燃えてた。
「姉さん!!」
ミネア姉様が驚いた顔で馬車から飛び出してくる。
見ればいつの間にかドラゴンに変身したマーニャ姐様が火を噴きながら暴れていて、モンスターどころか私達前衛パーティーも焼き払われてしまった。
−物理的雑音の一衝動−
ソロがパルプンテを覚えてから、もう散々な毎日。これで何回目になるかは分からないけれど、パーティーが全滅しそうになったのは初めてのことで、しかも仲間に殺されかけるなんて笑えない冗談。ミネア姉様が出てくるのがもう少し遅かったら、私もマーニャ姐様の鋼鉄の足の下敷きになるところだった。
「パルプンテなんて唱えるものじゃないわ」
ソロが唱えた瞬間、はぐれメタルのボディにカカト落しを叩き込むつもりだった私の正面に現れたのは後列の筈のクリフト。強引に手を引っ張られてどうしたのかと思ったら、なんだか神妙な顔つきで私を見つめてくるんだから、なんかその、見蕩れ――ううん、緊張しちゃったじゃない。それだからぼうっとしちゃって、その間にソロはマーニャ姐様の吐いた炎に燃やされて、クリフトは踏み潰されて、私もクリフトがあの位置に居なかったらぺちゃんこになってた。
「大丈夫?」
ベッドで横になっているクリフトに話しかけてみるけど、眠ってるから返事がないのは分かってる。ドラゴンに踏み潰されたんだもの、クリフトはミイラ男みたいに包帯でグルグル巻きになって、ちょっと苦しそう。彼もソロのお陰でいきなり魔法力がカラになったり、体力がなくなったりを繰り返していたから、これを機会に少し休んで疲れを取った方がいいわ。
「ゆっくり休んで」
少し身じろぎしたのを見て、お布団を直してあげる。寝返りを打とうとしても身動きが取れないから、悪い夢でも見るんじゃないかと心配して、ミイラ男の寝顔を覗いてみた。寝顔って言っても、包帯だらけで鼻しか見えない。マーニャ姐様が謝罪のつもりで巻いてくれたみたいだけど、これで本当に息が出来るのかしら。
「ねぇ、クリフト」
姐様がさっき言ってたの。今回のパルプンテで何が起きたかっていうこと。
言ってミネア姉様に叱られていたけど、マーニャ姐様は己の自由を解放した、それだけだと言ってた。常識や束縛を嫌うマーニャ姐様は、ドラゴンになって踊り狂ったことでスッキリしたのか豪快に笑って、あの事態をなんとか打開した馬車チームには盛大な溜息を貰ってた。
でも、それを聞いた私は溜息どころじゃない。
姐様がドラゴラムを唱えて竜と化したように、クリフトが私の腕を掴んで私の事を好きだと言った「あの行動」は、一体何だったっていうの。
「あの時言ってくれたのは、クリフトの本当の気持ち?」
包帯の隙間からスゥスゥと寝息を漏らすクリフトに呟く。勿論、彼が起きていたらこんな事聞けない。だからちょっと大胆になっているのかもしれない。私はお布団に掛けていた手元の胸に耳を当てて、クリフトの心音を聞いた。
「クリフト」
包帯だらけの胸に顔を寄せる。
さっきはドクドクと、激しく脈打って私にまで届いた心臓の音は、こうして澄ました耳でないと聞こえない。静かに上下する胸板に心の臓はゆっくりと規則的なリズムを打っている。
「生きてる」
トクントクンと動く心臓、彼が生きている音。
優しい音を聞いていると、どうしたんだろう、私の心臓がドキドキしてくる。包帯に巻かれた奥にあるクリフトの音がなんだか切なくて、胸が熱くなってくる。
「ねぇ」
私は何時になっても貴方の事が分からない。だからクリフトがあの時強く手を引いたのも驚いたし、その後の言葉には息が詰まった。真っ直ぐに向けられた視線に瞳が離せなかった。好きだと言われた、たった二文字の言葉に、全身が電に打たれた。
あの時私の耳に届いたあなたの心臓は、どれだけ激しく鼓動していたというのかしら。私、他人(ひと)の心臓なんて、ううん、私の音すら聞いたことがなかったのよ。心臓があんなにドキドキ言うんだって、あんなに苦しくなるなんて、知らなかったの。
(クリフト)
お布団の弾力に頭を預ける。クリフトの体温を宿すシーツのぬくもりに私も温められて、トク、トク、と脈打つ音に耳を擽られた。
「あのね、私……」
クリフトに関して何も理解っていない私がそれでも唯一分かることある。さっきみたいにドキドキいってる私の胸に手を当てれば、確実なことがひとつ、私自身に教えてくれる。
「私、あなたが好きみたい」
彼の胸に頭を預けたまま、クリフトの顎を見て呟いた。そしたら、好きの二文字に反応した私の胸が、またドキンと大きく跳ね上がって、身体が熱くなる。
震える唇から勇気を出して言葉にしてみるとよく分かった。これだけの事を言うのにどんなに胸が弾けるのかって、あの時のクリフトの高鳴りが切ないくらいよく理解る。
「苦しいね」
きっとこんな事、クリフトが起きてる前じゃ言えない。
私は彼の心音を耳に聞きながら、この角度からは細い顎しか見えない彼を眺めて溜息を吐いた。
そしたら、ねぇ。
「……クリフト?」
胸に当てた耳に届く心音が、ドクン、ドクンと早くなっていく。穏やかに脈打っていた優しい心臓が、熱く大きく鼓動を打ち始めるのが分かる。
「姫様」
包帯に覆われた口の部分がモゴモゴと動いて、クリフトの声が聞こえた。膜を張ったようにくぐもった声は呻きのようで、突然聞こえた彼の呼ぶ声に私の心臓は飛び出るほど強く波立つ。
「あ、あの」
「ク、クリフト」
もしかして、今の、聞かれた?
彼の胸元で大きく瞳を見開いた私は、ビックリして動けない。クリフトが口を動かそうとして顎回りの包帯を手でやや乱暴にこじ開けているけど、その間にも私の顔は真っ赤に染め上がって、心臓はドキドキと高鳴っていくのが分かる。
「ひ、めさま」
水面から息を噴き出すように口を開いたクリフトは、まさにミイラ男そのもの。包帯に隠れて表情は見えないけれど、その声色はいつになく戸惑っているように聞こえた。
クリフトは起きたからといって半身を起こすでもなく、胸の上に乗っかった私を拒むどころか、包帯で固められた右手をギギギ、と動かして、私の頭を撫でてくれているようだった。そうして今しがた自由になった顎を引いて胸元の私を見つめ、何を言おうとしているんだろう、私の心臓はもう苦しくて堪らない。
「すみません、その、聞こえてしまいまして」
「えっと、え、えっと」
耳に彼のドキドキと、胸に私のドキドキ。聞こえるって、何でこんなに擽ったいんだろう。身体中が何か甘いものに満たされて熱くなっていくその時、部屋の扉がバタンと開いて私の心臓は最高潮に鼓動を強くした。
「よう、クリフト。とんだ災難だったな」
「ソロさん」
一瞬に関しては素早い私達。クリフトはあっという間に声の方向を向いて私の髪を梳いていた手を離し、私はパッとベッドから離れる。ソロはそんなことはどうでも良いみたいで、全身包帯だらけのクリフトを見てゲラゲラ笑うと、お見舞い代わりの果物を渡してくれた。
「ま、俺は自業自得なんだけど」
全身を焼かれたソロもミイラ男みたいになってる。ただ、じっとしていられない彼の性格だからか包帯は所々解(ほつ)れていて、それがますますモンスターらしさを出してる。このまま歩けば、トルネコくらいは驚かせるんじゃないかしら。
「つかアリーナが無傷っていうのが一番の衝撃だな」
ソロはそう笑って私にリンゴを投げると、「切ってやれ」とテーブルにナイフを置いていく。彼がそうして廊下へと消えそうになるのを「待って」と止めた私は、ふと疑問に思っていたことを切り出した。
「ソロはパルプンテを唱えた後、どうなったの?」
もともと魔力のない所為か私には何も起こらなかったけれど、ソロの身には何が起きていたんだろう。そう不思議に思って彼に尋ねたら、
「い、言えるワケねぇだろ」
ちょっとだけ頬を赤らめて、直ぐに去ってしまった。
一体、ソロはどうしてたっていうのかしら。彼らしくない動揺を見てしまった私は、同じく包帯だらけのクリフトと視線を合わせる。
「惜しかったですね。彼の秘密を知るチャンスだったのに」
「ね」
瞳を包帯で隠したままのクリフトと笑い合う。
なんだかそれさえ擽ったくて、私はドキドキが収まらない胸に手を当てたまま、彼の笑い声に声を合わせた。自分の鼓動、生きていることに感謝しながら。
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【あとがき】 |
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相手の心臓の音を聞くと胸が詰まりそうになるのは、
恋心や緊張だけでなく、ひたむきさが伝わるからでは。
ちなみにメンズの包帯を巻いてあげたマーニャは、
彼らのヌードをチェック済み(笑)。
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