「なぁクリフト。これは根拠のない俺の勘だが」
ベッドの上でブラブラと足を投げ出していたソロが、身体に弾みをつけて隣のベッドに座るクリフトに向かい合うと、聖書に目を通していた彼は目線だけをソロに注いで答えた。
「何ですか」
「明日は元に戻っているような気がするんだ」
ビッグマウス(大言壮語)は彼の得意とするところで、脈絡のない言い訳や望みの薄い期待をさせるのは罪であるとクリフトは思っている。彼は自信に満ちたソロの言葉を適当に聞きながら、再び聖書に視線を落として「そうですか」と言っていた。
「聞け、クリフト」
「聞いていますよ」
「これはかなり当たっている。何せオンナの勘ってやつだからな」
「……」
中身は男のままではなかったのか。クリフトは内心頭を抱えながらこれも聞き流そうと聖書の頁を捲れば、その手はいつの間にか近付いたソロの手によって遮られ、視線は彼女の大きな瞳に捉えられる。
「なぁクリフト」
その声で、その瞳で上目見るのは罪だと思った。燭台の光しかない夜の一室で、暗がりに映える女の姿は艶めかしく、一瞬の瞬きで閉じられた睫毛の長さがクリフトの胸をざわつかせる。
「最後にセックスしたくないか?」
悪戯な少女の微笑にクリフトの思考は止まった。
「私が貴方に欲情するとお思いですか」
今朝、同じ科白を言ったことが思い出されたが、状況は今朝とまるで違う。クリフトは自分の否応に関係なく服を脱いでいくソロを見ながら、動揺を悟られぬよう声だけは低くして言った。
「良いのか、クリフト」
「何がです」
「お前、今見ておかないと一生拝めないぞ」
神職に就くクリフトが女性の裸を見る機会はこれまで一度としてなく、またこれからもあるとは思えない。ソロにその意思があるかどうかは分からないが、薄っすらと微笑む口元は酷く妖艶で、少女の誘うような視線にクリフトの鼓動は密かに跳ね上がる。
「ソロさん、いけません」
「何で」
クリフトがまごつく間もソロは構わず服を脱ぎ捨て、曝された白い柔肌が蝋燭の灯に照らされて闇に浮かび上がっていく。
「私は神官です。女性に触れては……わっ!」
「柔らかいだろ?」
聖書に触れていた筈の手は、ソロの小さな手に導かれてその胸元の弾力へと宛がわれている。ヒタリと触れた白い乳房は眩暈を呼び起こすほど柔らかく、心臓に近いからか心地よい温もりのあるそこを手に包んだクリフトは頭が混乱しそうだった。
「ソ、ソロさん」
「何?」
薄明かりに紛れて悪魔の微笑を見せるソロを目の前に、クリフトは風呂場で感じた漠然とした不安の正体を漸く悟った。
「これ以上踏み込む訳にはいきません」
眼前に立つ裸の少女は悪友のソロであると頭ではハッキリ理解しているのに、滑らかな柔肌を視界に入れ、またその膨らみに触れた今の己は明らかに雄性が疼いている。良心の呵責とは別に、肉体が本能に従順に反応しようとしているのが恐ろしく鮮明に判明るのだ。
「俺は興味がある」
その整った両唇が乱暴な物言いをするのは非常に悔やまれるのだが、ソロは口調をそのままに、声だけは魅惑的な女性のそれで言う。そのアンバランスな面が今の不思議な感覚を助長させているのか、クリフトは自分でも情けないくらい動揺していた。
「女体の神秘を見てみたいし、この体で感じてみたいし」
この先女を抱くことはあっても、ソロが女として抱かれることはない。彼は至って単純な興味があって、今の誘いも「女は何処で感じるのか」を後学の為に知りたいだけなのだろう。若しか彼は急激な肉体の変化によって、普段は男性の肉体で処理できたものの抑制が出来なくなっているのかもしれない。ただお互いに何処かしら危険な領域に踏み入れていることは肌で感じ合っていた。
「ソロさん、お願いです。服を着てください」
「勃ってる癖に何言ってんだよ」
ジリジリと迫るソロの侵入を許したクリフトは、床に落とされた聖書のようにベッドに四肢を投げ出している。ソロはベッドに沈む彼に馬乗りになって近付くと、狼狽の色に染まるクリフトの佳顔を真上から見下ろして言った。
「ここ、見たいだろ?」
ソロがそっと触れた部分は、今日の戦闘後に「あるものがない」と寂しがっていた所。位置の関係で本人は見ることのできぬ秘密めいたそこに、ソロの指の動きに従って視線を落としたクリフトは、言葉を失ったまま釘付けになった。
その時である。
「クリフト」
アリーナの声がクリフトを残酷な現実に引き戻す。
「ひ、姫様」
「アリーナ」
普段のクリフトならば、このような夜分に男の寝室を訪ねるとは、と彼女の警戒心の薄さを注意していただろうか。それとも神妙な面持ちで扉を叩いた彼女の様子を心配して話を聞いたであろうか。
「なに、してるの……」
我が主君の愕然とした声を耳に聞いたクリフトは、アリーナが果たして何回部屋の扉をノックしただろうか、何故彼女の気配に気付かなかったのか、部屋に鍵を掛けておくべきであったか、いや扉を開けてさえいればこのような事態にもならなかったのかと様々な思考を刹那のうちに巡らせたが、原因を考えることは然して重要でない。今最も自分がすべきことは事態の説明ではなく、彼女に対する弁明でもなく、姿を消してしまった主君を探すために身を起こすことだった。
「姫様!」
「おわっ」
クリフトが飛び上がるようにベッドより身を乗り出した所為で、ソロの華奢な身体は床に投げ捨てられる。凡そ女性らしくない「ぐえ」という声を聞き流して部屋を出れば、猛スピードで走り去るアリーナの背中が僅かに捉えられた。
「姫様っ、」
方向から察するに彼女の部屋か。クリフトは迷わず廊下を駆け出した。
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