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ブライが読んでる本の栞の位置を変えた。
ミネアのタロットをシャッフルした。
マーニャの口紅をこっそり使った。
それは私の小さな悪戯、誰も知らない秘密の話。
それなのにクリフトの勘は呆れるほど鋭くて、丁度色付いた唇を鏡に映している時に扉をノックするんだから、私の心臓はドキンと跳ね上がる。
「姫様」
宜しいですかと部屋を訪ねてくる事は余程ないけれど、あるとしたらそれは私を叱りに来る時しかない。内心ではもうバレたのかなと思いつつ、何も知らないフリをして「どうぞ」と言えば、ドアノブがゆっくりと回った。
「失礼します」
落ち着いたその声には振り向かず、手元の鏡越しに姿を映せば、クリフトは相変わらずドアを開けたまま、部屋に2、3歩入ったところで立ち止まって私の背中を見つめている。折角両思いになったのだから、もっと近くに来てくれても良いのにと思うけど、彼はいつだって忠実な臣下のまま。憎らしいまでに丁寧な礼をする様を映しながら見ていると、顔を上げた瞬間に視線が合いそうになって慌てて鏡を伏せれば、クリフトが徐に口を開いた。
「ブライ様が挟まれた筈の本の栞が動いていたそうで」
「へえー」
「それを占おうとミネアさんがタロットを始められたのですが、ちぐはぐな結果に戸惑っておられました」
「ふぅん」
もっと食いついた方が自然だったかしらと思いつつ、私は背を向けたまま相槌を打つ。でも内心では栞に導かれたブライが本を手に「はて」と頭を傾げる姿や、ミネア姉さまが並べたタロットを前に「あら」と不思議な顔をしている様子が思い浮かんで、笑いを堪えるのに必死だった。
然程反応しない私を不審に思ったのかどうかは分からないけど、クリフトは言の少ない私を待たずに更に続ける。
「先日はライアン殿の兜飾りにも何かあったようですが」
そう、ライアンの兜には「アイ・ラブ・ホイミン」と刺繍された兜飾りが付いているんだけど、これを「アイ・ラブ・ベホイミン」にしたのは2日前。気付いた彼が「む」と小さく唸りながら刺繍を直していたっけ。
「こうも悪戯が重なると、小人の仕業ではないと思いまして」
「じゃあフェアリーの仕業かしら」
クリフトが私の部屋を訪ねてきた時点で、彼が私を犯人だと疑っていることは理解ってる。彼の立場上、私を嗜める為に出向かなくてはならないことも勿論理解ってる。でもそれを直接言わずにこうして遠回しに追い詰める彼のやり方は、全てがお説教に聞こえるような気がして、私も言い当てられるまでは白(しら)を切り通す。
「妖精も小人も悪戯が好きっていうしね」
素直に謝るのも釈然としない私が冗談を付け加えると、扉の付近に居た筈のクリフトはいつのまにか傍に近付いていて、その長身を屈めて私の表情を窺うように覗き込んできた。
「それは大きなフェアリーですね」
「なっ」
この一瞬に隙があったとは思えないけれど、クリフトの長い指は私の顎を捉えて離さない。突然の彼の接近に不意打ちを喰らった私は、整った彼の顔(すごく綺麗)を間近に短い言を発するだけで、驚きのうちに固まってしまう。
「トルネコさんの愛妻弁当の中身をうまのふんに変えてしまわれたのも、姫様ですか?」
「それはソロが――!」
「では他の悪戯は貴女というわけですね」
「っ、」
誘導尋問って、こういう会話を言うのかしら。沈黙を答えにしてしまった私は、その動揺を表情に出してしまったのか、見つめた先のクリフトは口元に薄い笑みを浮かべて続ける。
「悪戯はよくありませんよ」
「〜〜〜〜〜!」
優しく諭すような口調は、本当に小さな妖精に向かって甘く囁くようで、これなら真剣に叱られた方がずっとまし。顎を指に掛けられて顔を逸らすこともできない私は、クリフトの柔らかい眼差しを注がれれば何も言えない。心の中では「最初からそう怒ってくれれば良いのに!」なんて反抗心も出てくるけれど、彼に恋をしている私がそうやって見つめられて平気でいられる理由(わけ)がない。彼の接近を許した今の私はドキドキと鼓動を早くして、全身が熱い何かに満たされていくのがよく分かる。
そうして内心「ごめんなさい」を言おうかどうか迷っている私が唇を俄かに開いたのに気を留めたのか、クリフトは顎に掛けていた指をそっと滑らせて下唇の付近を撫でて言った。「姫様」
「唇をどうなされました」
「えっ」
「紅を引かれていらっしゃるのではと思いまして」
彼と顔を合わせたくなくて背を向け、鏡すら伏せた私の苦労は水の泡。ほんの遊び心でマーニャの口紅を手に取った私は、その色の鮮やかさにビックリして部屋に戻ってきたのだけれど、深い桃色に色付いた唇の大人っぽさに暫く鏡を見つめて考え事をしていたんだっけ。正直、こんな姿はクリフトに見られたくなかった。
「姫様は敢えて私の小言を聞きたいと」
「そんなんじゃ」
艶やかな唇を眺めながら言うクリフトに私は視線を逃すだけ。また一つ新しい悪戯を発見した彼は、困ったようにいよいよ溜息を大きくさせて私を詰る。
「ブライ様や他の方への悪戯は、貴女が構って欲しいからだと思っていましたが」
クリフトも強く叱責するつもりじゃなかったということは分かっていたけど、マーニャ姐さまの口紅をこっそり使った事に関しては態度が違って、「これは理解らない」とでも言うように口を結んだ。
「なによ」
途端、不思議と私の中から怒りのようなものが込み上げてくる。
「ごめんなさいって、素直に謝りなさいって言えば良いじゃない」
「姫様」
「クリフトの意地悪」
今の会話で私の気持ちがどんどん明るみに出されていく。
「そんな遠回しに責めなくても良いじゃない」
ブライやミネア姉さまの困った顔を見たかったっていうのは否定しない。寡黙なライアンを揶揄ってみたかったのもそう。でも、マーニャ姐さまのルージュを拝借したあの時の自分は確かに、これらの悪戯に頭を抱えるであろう困惑したクリフトが見たくて、彼に構って欲しくてやっていた。鋭い彼ならどんなに些細な変化にだって気付いて、私の部屋に叱りに来てくれると期待して。結局は私、クリフトに振り向いて欲しかったんだ。
「クリフトの厭味、意地悪」
それを彼の口から聞くのも恥ずかしくて、次の発言を遮るように言葉を重ねていく。クリフトの柔らかい瞳から視線を外したままの私がそうやって反発していると、
「本当にそうお思いですか」
彼は静かに、そっと呟いた。
「だって、そうじゃない」
想いを伝え合ったのはあれきりで、私を嗜めることはあっても「愛してる」とは言ってくれないし、肝心な事はいつも心の内に秘めていて、遠回しに言いこそすれ、一度に全てを見せてはくれないんだもの。今でも抱き締められた思い出に焦がれて身体が震えるのに、クリフトはこうして二人きりになった私の部屋でさえ臣下の態度を貫くのだから。
「私が意地悪だと」
彼の視線から逃れた私は、その落ち着いた声だけを聞いて続けようとする。
「だって、クリフトはいつだって――」
そうして思いつく限りの彼への不満を挙げようと口を開いた私は、次の瞬間、不意に足元を救われて軽くなった身体のバランスを取るのに必死になった。
「ク、リフト?」
今日はこれで2度目の不意打ち。ゆっくりと膝を抱えられて傍のベッドへと運ばれた私は、彼の名を呼ぶと同時に覆いかぶさってきた温かい抱擁に全ての思考が奪われる。
「ちょっ、クリフト待っ、あの!」
こんな時は不思議なもので、私は弾力のあるベッドに押し付けられた彼の身体の重みとか、強い腕で抱き締められる理由も分からずに、ただ
「ドア、開いてる……のにっ!」
口紅を付けた唇から戸惑いの声を漏らすばかりだった。
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クリフトが去って再び扉が閉まった部屋に一人。私はまだ力の抜けた身体をベッドに預けて天井を眺めている。
「私が意地悪だと」
やや語尾を上げて疑問に問う彼の言葉を反芻する。いつも穏やかなクリフトを挑発した覚えは一切ないのに、それを証明するかのように私を抱き上げた彼のその後の言動は夢のようだった。
クリフト……すごく優しかった……
思い起こした瞬間、全身がカッと熱くなる。私は今しがた間近に見たクリフトの長い睫毛から整った鼻筋、涼しげな眼差しに柔らかい笑みを浮かべた口元など、眩暈するまでの美しさを鮮やかに蘇らせ、また深く惚けてベッドに転がる。今日はもう私、使い物にならない。
「明日、皆に謝らなきゃ」
すっかり口紅が拭われて裸になった唇から、やっとの声が出たのはずっと後の事だった。
悪戯をした私へのお仕置きに
扉を開けたままの部屋で振り落ちたキス。
それは誰も知らない、私だけの秘密の話。
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【あとがき】 |
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「誰も知らない」(1961年)
みんなのうた初のモノクロアニメ。
谷川俊太郎さんの詩も、中田喜直さんの作曲も
世界観ぜーんぶかわいい。
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