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There will never be a day
 
     when I won't think of you.
 
 
 
 
 
 国を挙げて祝う式典を控え、城下町のサランでは一週間前より収穫祭の如き盛り上がりを見せていた。三日前からは夜通し宴が続き、本祭にあと一日と迫った今日は、街中の者が王宮で行われる仮面舞踏会を模しての仮装パレードに参加している。
「いってきまぁす」
「はい、お気をつけて」
 日曜学校に通う子供達もまたハロウィンと見紛うような格好をして大通りを練り歩き、街の至る所で奏でられる音楽に合わせて祝いの日を楽しんでいた。
 小さな王様や貴婦人、大道芸人やピエロ、勇者や魔法使い等、思い思いの衣装を身にまとって歩く子供達を眺めながら、クリフトは後から駆けつけた少女の為に仮装用の衣装棚を出していた。
「さぁ、貴女は何になりたいですか?」
「おひめさま」
 彼女は王宮侍女の見習いとして働く小間使い。今しがた本当の舞踏会に出るアリーナを見てきた彼女は、髪に飾る生花を差し出してきたと言うのだが、美しいドレスをまとった本物の姫君に感化されたのだろう。少女は迷うことなく淡いピンクのドレスを指差して答えていた。
「アリーナさまみたいなのがいい」
「姫様みたいなの、ですか」
 彼女の即答に微笑を浮かべたクリフトは、望み通りのそれを手渡してやる。
「姫様はどうでしたか?」
 少女の様子から、今日のパーティーでアリーナが着るドレスはピンク色なのだと察したクリフトは、今頃はその窮屈さに顔を顰めているだろう本人を思い出して尋ねた。
「とってもきれいだった」
 まだ侍女としては年端もゆかぬ少女である。本人やその周囲の者達の身繕いの大変さを知らぬまま、率直な感想を言っているのだろう。クリフトは彼女の感想に内心苦笑いしながらも、相槌を打って聞いていた。
「アイリスがとってもおにあいだったの」
「そうですか」
「おねえさまがたも、マスクをするのがもったいないって」
 自分は見ることの出来ないアリーナの姿を見てきた少女。先日、歯痒い別れをして以来アリーナを見ていないクリフトは、少女の口から彼女の様子がどのようであったかを聞くしかない。
「姫様は何か仰ってましたか?」
「めんどうくさいって」
 聞いて思わず苦笑が漏れる。
 格式張った謁見や式典がある度に漏らしていた台詞は相変わらず。深窓の御皇女の如き美しい姿をしながらやんちゃにそう言う彼女は想像に易い。
 クリフトがそう思って破顔した時、思いがけぬ言葉が畳み掛けられた。
「あと、こわいって言ってた」
「怖い?」
「うん」
 怖い。
 無垢な少女の瞳が、その意味も分からぬままアリーナの言葉を代弁する。
「言ってた」
 本当に理解らないのだろう、少女は首を傾げたままクリフトを見ていたが、これを聞いた彼の方は一気に穏やかな微笑が解かれていく。
「どうしてこわい?」
…………
 あどけない瞳をキョトンとさせて尋ねる少女に、クリフトは真実を言う口も繕う口も忘れてしまっていた。
 
 
 
 
 
Masquerade, Paper faces on parade.
Masquerade, Hide your face, so the world will never find you.
 
 
 
 
 
「仮面舞踏会だなんて嘘ね」
 日の出と共に押し寄せた謁見と形式だけの式典で、アリーナが興味もない人間の一人ひとりを覚えることは余程ない。しかし彼女にとって「大勢」と称される彼等の方は違う。
「皆、誰が私かなんてとっくに知っているのよ」
 今日の衣装がそれだとアリーナは思った。
 自分がフルフェイスのマスクで顔を隠したとしても、淡い桃色のドレスを着る者は自分以外に居ない。つまりはアリーナだけが「大勢」を知らないだけで、「大勢」の方は誰がアリーナであるか判っているのだ。
「フェアじゃないわね」
 これが勝負という訳ではないが、アリーナは己の不利な状況に柳眉を顰めると、中央のフロアで笑っている父王であろう仮面の中年男を流し目に見やって詰った。仮面の奥でその視線を受け取った彼は、慌てて人並みに紛れ込んだのかもしれないが、長年見てきた体型は隠しようがない。
「お父様ったら、私を一体どうしたいのかしら」
 アリーナが腕組みをして吐いた大きな溜息は、丁度曲を変えた楽団の音楽に掻き消される。
 ワルツが始まったのだ。
「私と一曲、踊って頂けませんか?」
「あ、」
 突然目の前に現れたのは、赤い羽根の仮面をつけた男。
 恭しく礼をされれば、アリーナは反射的に教え込まれた挨拶を返す。内心では躊躇いがちに、差し出した手を引かれて中央のフロアまで導かれると、アリーナは誰とも分からぬ男と踊った。
「これは美しいお嬢さんだ」
 判っている癖に、という咄嗟に思いついた悪態は咽喉奥に押し込める。どうせこの男は自分がサントハイムのお転婆姫であることを知っているだろうし、最初に声を掛けてきたということは、このフロアの中では花婿として最有力候補なのだろう。道理で自信のある声だと思った。
 アリーナは仮面の下から注がれる男の視線から瞳を反らし、これまで懸命に覚えてきたステップが淀みなく床を滑ってくれるかに集中した。
 しかし、
「貴女の虜になってしまいそうだ」
 耳元で色っぽく声を掛けられては意識も途切れる。
「あ、ごめんなさい」
 その艶やかさに緊張したアリーナは、歩み出す足を間違えて男の脛を蹴ってしまった。
「ぐはっ! ……いや、大丈夫」
 弾みで出ただけの一歩が、男の顔を苦痛に歪める。
 確かに、どんなに弱かろうと武闘家の蹴りは鍛えていない王族の者には堪えよう。普段履くブーツよりも鋭利に尖ったヒールの靴は、より大きなダメージを彼に与えたらしく、仮面越しにもその痛みが伝わってくるようだった。
「ぶべしっ!」
「あ、また」
 二度目の失敗。彼の口元が痛恨の一撃に歪んだことに焦ったアリーナが、またしてもステップを間違える。
「ごめんなさいっ」
「こ、……これ、しき……どわっ!」
 動揺すればミスが重なる。アリーナは心底男の足を心配しながら、しかし心の奥では別の事を考えていた。
(クリフトは全然痛そうじゃなかったのに)
 目の前で瞳を白黒させて悶絶する相手を見て、どこか冷めた視線で見てしまう自分。彼に耐えろと望む訳では決してないのに、自分は何を求めているのだろう?
(でも、クリフトも本当は痛かったのかな)
 彼はいつもそうだ。自らの辛苦は一度として口にしたことはなく、感情を伏せがちの性格は時折アリーナを不安にさせる。冒険の時には己の体調不良を隠し続けた所為で、ミントスの地で最悪の事態を招いていた。
(クリフトは……
 アリーナがここには居ない彼の名を思い浮かべた時、曲が終わって我に返る。
 ワルツを終えた男は赤い羽根をやや歪ませて一礼を交わすと、ヨタヨタと逃げるようにフロアから消えていった。
 大丈夫? と手を差し伸べようと思ったのも束の間。視線を移せば直ぐ目の前には別の男が礼をして己を待っている。
「次の曲は私とお願いします」
「あ、……
 半ば強引に誘われたアリーナは、再度奏でられる楽団の音楽に導かれるようにして踊った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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