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何食わぬ顔で終わらぬように
 
 
 
 
 
 
 ルーシアを送り届けるという目的以外にも、どのみち天空の城へは行かねばならなかったのだろう。ソロの故郷で起きた惨事の真相は、彼の出自を明らかにする他になく、またこれまでの旅で集めた真実のピースを完成させるには、やはり天空の存在を突き止める以外に術はなくなってきている。
「お前にはルーシアの面倒を見る役目があるからな」
「承知しております」
 先遣隊として天空への塔に登るパーティーは、勇者ソロの一存によって決められた。ルーシアが天空城の場所を案内する以上、まだ飛べるだけの翼を持たぬ彼女を守る為にクリフトは欠かせない。他に同行するメンバーを誰にすべきかとソロが考えていた時、アリーナは自分が既にその選にもれている事を知って反発した。
「どうして私は塔に登れないの?」
「城攻めする訳じゃないからな」
 あくまでルーシアを守りながら天空へ向かうのであって、クリフトが戦闘で補助に回れぬ場合はミネアの回復魔法が必要だし、魔物を回避する能力に長けるトルネコを連れて行けば更にリスクは低くなる。塔内の冒険や魔物退治であれば第一にアリーナを編成に加えようものの、今はそうではないとソロは彼女を宥めてみるが、アリーナは意固地になって退かない。
「嫌よ。私も一緒に行く」
 パーティーの舵を執るソロには運命すら任せるつもりで従ってきた王女が、今日はやけに駄々をこねる。単なる冒険欲求から我儘を言っている訳でないことはソロにも理解るが、だからと言って彼女の言の通りにも出来ない。ソロはほとほと困った様子で、海に浸したような美しい髪を乱暴に掻いていると、既に装備を整えたクリフトがその場で口を開いた。
「姫様はどうかお待ち下さい」
 昨日悶着を起こしたばかりの相手が、己に懸けられた疑念も拭わぬまま真剣な表情で言いかけてくる。愈々自分から離れようとする彼の口調に神経を逆立てたアリーナは、大きな瞳を吊り上げて彼を睨んだ。「クリフト」
「絶対に離れないと言った言葉は嘘だったの?」
「姫様」
「ずっと傍に居てくれるって約束。あなたは破るのね」
 アリーナの滲んだような声を聞いて動揺を見せたのは周囲の仲間達。いつの間に二人がそのような契りを交わしたというのか、メンバーは感嘆の声と驚きの表情で問い詰められた方のクリフトを見たが、彼は事を公にされたことに狼狽を見せる様子もなく、淡々とした口調で答えた。
「旅をする上でそれが必要なら、今は離れるべきかと」
「クリフトの馬鹿!」
 伏し目の視線がアリーナから反れた瞬間、頬を強かに平手打つ音が空を裂く。見た目からは到底想像もつかぬ豪腕から放たれた一撃は見事クリフトの左頬を打ち、その衝撃の大きさは事の展開と共にメンバーを竦み上がらせた。沈黙が張り詰め、一同が息の飲んで見守るなか、クリフトが静かに口を開く。
……では、行って参ります」
 白い頬を指の形で真っ赤に染め上げたクリフトは、それだけを言うとルーシアを導き、雲間に頂を隠す天空への塔に入っていった。
 残されたアリーナの荒い呼吸がやけに生々しく聞こえた。
 
 
 

 
 
 
「で、何だそれは」
「何と思われようが結構です」
 いつもは大剣を背負っている筈のクリフトが背にしているのは、一行の持ち物で最も謎の多い構造をしている「ふくろ」。左程大きくもなく、物理的容量は限られている筈が、これまでの旅の道具を全て収容して破れないという不可思議極まるこのアイテムを、今はクリフトが担いでいるのである。
「カッコ悪い姿をアリーナに見られたくなかったとか?」
「そう思ってくださって構いません」
 いつも以上に淡々とした言を返すクリフトは、ソロの目から見ても何処かおかしい。彼は突き放すような言葉の返しにやや口を尖らせると、嫌味を込めてクリフトに言った。
「お前さ。そんなにあいつを泣かせるなよ」
 ソロが最初に会ったのは泣き顔のアリーナである。病に臥せった神官の為に自らを投げ出す姿は、華奢な蝋燭が身を削りながら炎を灯す姿によく似ていた。今でこそ明るい印象が定着した彼女であるが、その闊達さはクリフトあってこそのものだという脆さをソロはよく知っている。大切な人を失ったことがあるのはソロも同じで、二度と戻らぬ不幸にまで至らなかったこの二人には、同じ轍を踏んで欲しくないという気持ちが強い。
「泣かせる、ですか」
 クリフトはまだ全開とはいえぬ翼を抱えて塔の階段を登るルーシアに手を差し伸べながら、前衛の索敵を続けるソロに背を向けたまま言った。殿にはトルネコが彼女を魔物から守ろうと控えている。
 高度を増すごとに強くなる風に帽子の被り具合を確かめたクリフトは、「ありがとう」と礼を述べるルーシアに一瞥の微笑を注いだ後、ソロを見つめて静かに言った。
「私はあの方の涙以上に胸が痛むものはありません」
「だったら」
「だからです。だから私はこの塔を昇ります」
 クリフトの意図が理解らずに言を返そうとしたソロは、目深く被った帽子に隠れた彼の瞳を覗き見て息を飲む。
「お前」
 彼の真剣は幾度となく隣に見てきたソロであるが、穏やかな冷静を纏うクリフトがこれほどの表情を見せるとは思わなかった。
「運命に立ち向かう為に、私は昇らねばなりません」
 翼の奇跡(しるし)を甘受して天の招きに導かれるのではなく、自ら確かめるべく踏み入れる。翼を羽ばたかせて天に昇るのではなく、自らの足で天空への道を進む。神の前では小さな自分の抗いなどは大海の一泡にすらならぬだろうと理解ってはいるし、今の自分に背徳心が微塵もないとは言えない。若しか己の行動は、神だけでなく主君のアリーナにとっても不徳であるかもしれなかったが、それでもクリフトは全身で歩まねばと思っていた。
「あの方を泣かさぬよう、永遠に離れぬ為に」
「クリフト」
 薄く開かれた唇より出た言葉は強風に運ばれ、沈黙だけを残してあっという間に流れていった。
 
 
 

 
 
 
「天空への道を許されるのが血ではなく、伝説の武具にあったとは不思議ではあるまいか」
 クリフトを平手打ってから、馬車の隅で膝を抱えて身を縮めていたアリーナに声を掛けたのは、パーティーの中で最も寡黙な剣士ライアンであった。
「ライアン」
「地に生まれ堕ちた勇者が天空へ戻るに、血だけで不十分とは神も厳しい」
 彼はアリーナの傷心を癒す為に体の良い言葉を掛けて慰めるなどといった事はしない。厳粛な声色は暗い馬車の中に身を潜めるアリーナに疑問を投げかけると、自らは馬車の窓に寄りかかって話を続けた。
「勇者に必要なのは翼ではなく、敵を狩るに相応しい力だということか」
 長年勇者を求めて旅を続けてきた剣士は、他の誰よりソロの存在と成長を気にかけている。今はどれくらい昇ったであろうか、ライアンは雲間を割って聳える天空への塔を仰いで独り言ちた。
 天空へと辿り着くには、天空人の母を持つソロの血だけでなく、神に認められるだけの武器や鎧を身に着けていなければならなかった。これらは潜在的に与えられたものでなく、全てソロが謂わば力ずくで勝ち取ってきたものである。彼にしか装備を許されぬ特別な武具は、此処に至るまでに世界を駆け巡って得た冒険の証であり、また仲間と共に生死を賭けて得た勇気の印でもあるだろう。伝説の剣と鎧、そして兜を付けたソロの姿を見た時、ライアンは感動に全身の血を熱くさせた覚えがある。
「ソロ殿に翼がなくて何よりであった」
「どうして?」
 確かめるように言った彼の言葉に引っかかったアリーナは、抱えていた膝を崩して外のライアンに聞き返す。
「地上の人間であるソロ殿が空を得たなら、さぞかし神は怒っただろう」
 勇者よりも剣の腕が立ち、旅慣れた壮齢の剣士が常に彼の後ろに控えているのは、分というものを弁えているからである。それを強く知るが故に、彼は神の意図するものが理解っているようでもあった。
「アリーナ殿は翼を作った男の話を御存知かな」
「なに、それ……
 ソロと合流を果たすまで世界の隅々を巡ってきた剣豪は、これまで様々な言い伝えを耳にしてきた。人魚の肉を求め海に潜った男の話、竜が降り立つ岬の話など、古き伝承や昔話には旅の手掛かりとなるものがあるものだが、そのひとつを思い出して彼は普段は固い口を開く。
「偽りの翼を持って空を求め、神の怒りを買ったという話だ」
 天女に恋焦がれて自ら翼を作った男の話は御伽噺の域を出ないが、しかし天にも女が居るのだと思った機会でもあった。天空の娘が人間と恋に落ち、後の勇者となるソロを儲けたと聞いた時は真逆(まさか)と驚愕したものだが、彼の指先より放たれる天雷を見た後は、小説より奇なる現実、そして大いなる神の業を突きつけられた気がした。
「今のソロ殿が翼を持ったなら、力は神に匹敵する」
「それって」
 落ち着いた剣士の口調にアリーナが次第に恐ろしさを感じ始めていたのは、何もソロの身を案じたからではない。今やアリーナは馬車の扉から身を乗り出してライアンの言に迫っていた。
「神に迫れば、雷に焼かれて死すとも限らん」
……!」
 嘗て翼を求めた男のように。
 己が見つけた勇者に絶対的な信頼を置くライアンは、ソロが神を超える意思を持っているとは勿論思ってはいない。ただ、その若さ故にか膨大な武と魔力を持ち合わせた彼に、危うげなものを感じている面もある。武人としては近しく、またソロとは左程年齢も変わらぬアリーナに呟いたことで、ライアンは鎧の下に隠していた本音を垣間見せたようだった。
「そ、んな」
 今の言葉に震えたアリーナは、馬車に背を預けたライアンからは見えぬ位置。豪腕の戦士はただ空を見上げながら、静かに溜息を吐いて皮肉を零す。「いや、」
「気球という道具によって空を得た我々も、いずれ神の怒りを買うやもしれぬ」
 滅びゆく運命に抗い続けてきた旅は、果たして神の瞳にどう映っていることだろう。そうしてライアンが馬車の中に潜むアリーナの姿を見ようと振り返った時、
「アリーナ殿」
 名を呼んだ本人は居なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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