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夜風が運ぶ 淡い希望載せて
何処まで行けるか
 
 
 
 
 
 
「これは絶景だと暢気に眺める高さではありませんな」
「トルネコ。踏み外すなよ」
「いやはや、真剣にダイエットをしておくべきでした」
 気球や世界樹の比ではない。天空を目指す人間を阻むのは、塔の内部に棲む魔物ではなく、何より吹き抜ける風の強さだった。幸い大商人の特技である危険回避能力によって無駄な戦闘は避けられてきたものの、天空人であるルーシア以外のメンバーは、これまで経験したことのない気圧の変化に眼を白黒させている。
「クリフト。お前いま下を見たら気絶するぜ」
「もはや見ても雲しかありません」
 空気の薄さや外気の寒さは思考力を奪い、上へと昇る足を緩慢にする。一行は互いに声を掛け合って無事を確かめつつ、悴む手を握り締めて次の階段を目指した。
「ルーシア。貴女は平気ですか」
「えぇ」
 彼女が地上より天空の方が心地良いであろうとは承知している。それ故クリフトが彼女を庇って強風の盾となることも、細身の身体に防寒具を巻いてやることも左程意味がないように思われるが、人間の男として彼女を守る事は辞められないのか、クリフトは「貴方こそ」と心配そうに見つめるルーシアに柔らかく苦笑してみせた。
「優しいのね」
「貴女はまだ怪我人でしょう」
 心配は無用とばかりクリフトが微笑すれば、ルーシアはその言にニッコリと笑み返す。
「クリフトはルーシアに特別甘いよな」
「つい守ってあげたくなる娘御さんですからねぇ。こう、男心を擽りますな」
 二人の様子を眺めていたソロが訝しげな瞳で言うと、息を切らしきったトルネコが階段より頭を覗かせ、紫に変色した顔に笑みを浮かべて言った。
「トルネコ。その言葉、地上に帰ってからでも言えるか?」
「い、今のは女性陣には秘密ですよ」
 ソロの言に慌てて視線を泳がせるトルネコにクリフトが薄く笑う。アリーナが聞いたとしたら、愛らしい頬を膨らませてトルネコを詰ったに違いない。以前はお転婆と呼ばれる意味も分からずに飛び回っていた彼女も、長き冒険の間に随分と女性らしくなって、怪力魔人と揶揄されれば頬を染めるようにもなった。酷い言いようだと両手を腰に当てて力む彼女の姿が目に浮かび、不意に口元から苦笑が漏れる。
 その時、彼の傍に居たルーシアは端整な佳顔に飾らない笑みが零れたのを見て、クリフトの胸にそっと手を置いた。
「クリフトさん、辛そうね」
 不安げに上目見る彼女に打算のないことは、その瞳で分かる。同じ動作を地上の女性にされたなら、薄笑を湛えた麗貌を崩さずにその手を解く術を思い巡らせようが、ルーシアのそれは純粋による他なく、子供のような無垢さに心配を注がれたクリフトも彼女の視線を拒まなかった。
「実は高所が苦手でして。加えてこの空気の薄さでは呼吸すらままなりません」
「いいえ、そうでなく」
 俄に冗談を交えて答えたクリフトに、ルーシアは不安を拭い去ることはできない。そうして表情を固くさせたままの彼女を胸元に、クリフトは内心たじろいだ。
「ルーシア」
 真実を求める幼子のような瞳はあまりに清らかで、全てを暴かれそうなほどの透明さに吸い込まれる。地上の穢れなき眼差しを前にしたクリフトは、まさか背の翼の猛烈な痛みを悟られたのかと密かに動揺し、「だって」と言う彼女の次の言葉を待った。
「心がお苦しそう」
「、」
 年齢は自分と左程変わらぬだろうが、纏うオーラの清らかさに何処かで彼女を子供扱いしていたクリフトは、真っ直ぐに見つめてくる瞳の深遠さにハッとさせられる。瞬間、ルーシアが地上の人間より神に近い天空の住人であるという事実が大きく迫ってきた。
「貴方はここでこんなにも苦しんでいるのに、地上のお姫様の事をずっと心配してらっしゃるのね」
 薄い空気に呼吸を乱しつつある彼の胸に手を当てながら、ルーシアは躊躇うことなく言う。それは人情を知る同じ人間であれば、彼の心境を汲んでこそ言葉には出さぬ心配であっただろうが、ルーシアにとっては見えるどころか己の胸にまで突き刺さる程の辛さであるが故に、隠すことも濁すこともしない。
そうした彼女の素直さが、鋭い楔となってクリフトの胸を打つ。
「苦しさを打ち明けたなら、貴方はもっと自由になれるのに」
「それは」
 純粋なる慈愛の瞳に見つめられたクリフトは、心の扉に鍵を差し込まれた気分になり、暫し言葉を失った。
 
 
 その時である。
 
 
「クリフト! 行っては駄目!」
 遥か下層の階から、雲を割って声が届く。
 彼を呼ぶ声は次第に大きく悲痛になり、時折途切れるそれを辿ってクリフトが階下を覗けば、塔に流れる雲の中に小さな人影が動いた。
「昇らないで! 天空に行ってはいけないわ!」
「姫様!」
 下を見れば失神するだろうとは思っていたが、それは高さによってではなかった。アリーナの姿を捉えたクリフトは、普段は柔和な瞳を見開いて叫ぶ。
「姫様! どうして!」
「アリーナだって!?」
 彼の声にソロが驚き、床に張り付いていたトルネコもまた予想外の展開に慌てて身を起こした。一行は天空の武具を装備したソロと共に塔に踏み入ったお陰で、塔の持つ結界にも拒まれずに此処まで昇って来れたというのに、アリーナはそれを一人で進んできたというのか。
「ななな、なんという……パワー!!」
 敵を察知しながら、彼等に気配を悟られぬよう道を選んできたトルネコには、塔に棲む魔物の強さが恐ろしいほどよく判明る。それを掻い潜ってきたのか、薙ぎ倒して来たのか、おそらくは後者であろうが、トルネコは人智を超えたアリーナの強靭さに遂に気絶した。
「クリフト! それ以上進まないで!」
 内部の結界に耐えながら単身で階を昇るアリーナを、クリフトは更なる上層階より身を乗り出して見る。
「姫様! 来てはなりません!」
「クリフト! 行っちゃダメ!」
 強風が常に霧状の雲を押し流しており、必死に叫ぶ声は風に運ばれよく聞こえない。しかし互いに姿を捉えた今は尚声を張り上げ、何かを懸命に訴える表情だけが事態の深刻さを感じさせる。遥か頭上にクリフトを見たアリーナは、いよいよ円柱に手を掛けて空を仰ぎ、咽喉が枯れるまで大きな声を出して叫び続けた。
「だって、あなたは――!!」
 留めるべき相手のクリフトを捉えたアリーナは、周囲に潜む強敵の存在を忘れていた。大声を出して場所を知らしめた彼女は、眠り込んでいたライノスキングを呼び覚ましたらしく、怒り狂った魔物の振るう斧に己を支えていた円柱を砕かれる。
「きゃっ!」
 大きな戦斧に円柱は粉砕され、そこに掴まっていたアリーナの華奢な身体は大きな衝撃と共に塔より投げ出された。
「姫様!」
 猛々しい魔物の地鳴りの如き雄叫びはクリフトに届きこそしないが、瞳に映し出された光景に時間(とき)が止まる。
「クリフト!」
 塔の外、白い空にアリーナの身体が浮かんだかと思うと、彼女は一瞬のうちに落下した。まるで吸い込まれるように小さな身体は雲間に隠され、忽ちクリフトの視界から消える。
 
 
 彼女の名を叫んでいる時間はない。
 刹那、クリフトは空に飛び込んでいた。
 
 
「クリフト!」
「クリフトさん!!」
 海面に飛び込むのとは訳が違う。瞬時にして塔の壁を蹴って落ちたクリフトにソロとルーシアは張り裂けんばかりに名を呼んだが、既に姿を見失った雲間に絶望的な視線を注ぐ。
「飛び込みやがった!」
「う、そ……!!」
 この高さで落ちれば命は勿論、大地に打ち付けられた肉体は破片すら残らぬだろう。ルーシアはまだ鈍く羽ばたかせることしか出来ない翼を広げて滑空を試みるが、それはソロが必死で抱きとめて制した。
「クリフトさん、ッ!!」
 風に流されうねる白い雲海に向かってルーシアが何度も叫ぶその足元には、クリフトが背負っていた筈のふくろが投げ出されていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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