When you find that once again you long to take your heart back and be free.
If you ever find a moment,
Spare a thought for me.
決して自暴自棄ではないというのに、アリーナが婚約相手の候補者の中から最も後継として相応しい人物を選び出すよう命じられた渉外官達は、その潔さに動揺を隠せなかった。
身分と経済力、帝王学の素養など、サントハイムの次代を担う者として非のない人物であればフィーリングは勘案しないという。相手の希望としてそう述べたアリーナの言葉におよそ感情というものはなく、周囲の者は彼女らしからぬ冷静に些か困惑した。
これに最も驚いたのは父のサントハイム王。まさか半ば余興だった舞踏会のしかも直後に、アリーナがこのような結論を出すとは思ってなかった王は、彼女の変わりように驚くばかり。幼少期に母親を亡くしたせいか、それとも彼女自身の天性の性格によるものか、男勝りに育った愛娘はこと恋愛や結婚といったものには無頓着で、そんな彼女が積極的になるというのは俄かには信じ難い。
「今一度数人の相手と会わないかと申されておりますが」
「いいのよ」
父王の意向を伝えに来たブライは、涼しい顔をして己を迎えるアリーナに閉口しながら言葉を続ける。
「姫様らしくないと思うておりますのは何も陛下だけではありませぬ」
老齢の魔術師はサントハイム王の目付として共に月日を重ねてきた近しい関係にあるが故に、彼の愚痴にも似た感情の吐露を繁く耳にしていた。王の思惑を慮るブライは、自分の感情も込めて言ったつもりだった。
「私も口を酸っぱくして結婚の事は申しておりましたが、こうもすんなり決められると、逆に諦められたのかと心配になりますぞ」
「諦めたんじゃないわ」
ブライの言葉に反応したアリーナが強めの口調で割って入る。
「諦めたとか、そういうのじゃなくて」
後退的な覚悟を決めたのではない。アリーナはつとめて前向きだった。
彼女とて急な決断が父や側近のブライほか、周囲の物議をかもしている事は承知している。その速さが誤解を招いているのは仕方ないが、アリーナは冒険を共にした大切な仲間の一人であるブライには真実を告げておきたかった。
いつも通りの怪訝な顔で自慢の髭を擦る彼に真向かい、アリーナは「あのね」と口を開く。
「クリフトが、“私は一生結婚しません”って言ってくれたの」
この場にクリフトの名が出てきたことにやや驚きを見せたブライに、彼女は更に続ける。
「誰のものにもならないんだって」
彼女にとってはその言葉で十分だった。
決して感情を出さぬクリフトが初めて想いを晒した言葉は、彼とは違う道を歩みながらも共に生きることを覚悟するに足るもので、この言葉を聞いた時のアリーナは、背を向けながら胸が弾けそうになっていたのである。
「クリフトは結婚しない」
それだけが、唯一の。
「姫様」
決意に満ちたアリーナの表情を見たブライは言葉を失った。
彼女がこの世に生を受けた時から見守ってきた彼は、過酷な冒険を共に乗り越えてきた時さえその想いを聞くことはなかった。恋愛など知らぬと思っていた少女は既に感情の萌芽を迎えており、且つこれほどの決意をするに至る経験をしていたというのか。
加えて、
(クリフトがそのような事を)
ブライは突然アリーナの口から出たクリフトについて、二人の間にあった事を察した。
「…………」
結ばれぬ二人が出した結論ということか。
クリフトの言葉も、アリーナの言葉も。互いの袂を別つ残酷なものでありながら、相手への切実な想いに溢れている。
ブライは暫くアリーナの花顔を見つめた後、恐ろしいほど冷静な低音で口を開いた。
「二人のご決断をどうこう言うつもりはありませぬ」
アリーナだけでなく、クリフトの成長もまた長年見つめてきた老魔導師には、二人に対する愛情もあるが、それ以上に重ねてきた年月に比例する経験もある。二人の秘密を聞いた自分には、敢えてその決断に楔を打たねばならぬと思った。
「ただ、その道が険しいことはお覚悟召されよ」
この場には居ないクリフトにも言ったつもりで、ブライは厳しい表情のままアリーナを見つめる。
「……理解ってる」
張り詰めた空気の中、アリーナが静かに答えた言葉を聞いてブライは部屋を出た。
心は結ばれたのに、どうして二人は悲しい?
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