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 いつか読んだ聖典で、「神の雌獅子」という名を持つ天使アリエルは知っていた。あの時は、その彼女が戯れに地上へ振り落ちたのかと思った。事実、少年の瞳に飛び込んできた彼女はそれほど美しかった。
「お願い! クリフト!」
 幼き自分が天使と見紛った少女。彼女は「サントハイム王家の至宝」と呼び声が高いアリーナ姫で、今は王宮付の神官となった自分の前で苦笑いに手を合わせるお転婆姫である。天使ではなかったが、天衣無縫たる様はあながち間違いではなかろう。クリフトはそのような事を考えながら、扉を少し開けた向こう側の彼女と声を交わす。
「私とて姫様を匿ったことが知れれば叱責を買うのですよ」
「迷惑をかけてるとは思ってるわ」
「姫様も私に頼ると後でお叱りを受けるでしょう」
「えぇ、多分きっと。おあいこね!」
……
 収蔵された書物の格式に相応しい静謐を守る為、書庫に繋がる扉は重厚に設えてある。少し音の鳴る固い扉をギシリと開けると、まるで雪崩込むように周囲の喧騒が隙間から流れ込み、「姫様はいずこへ」「また逃げられた」と叫びあう声を耳に事態を把握したクリフトは、扉の向こうからひょっこりと顔を覗かせるアリーナに閉口した。
「兵士も侍女等も心配しているのですよ」
「分かってる」
「では何故」
「お願い、お願い!」
 扉を隔てて何度か問答を交わすのも最早何度目か分からぬ。幾度となく彼女に諭したつもりだが、アリーナがクリフトの意見を受け容れて去ったことは一度もない。粘り強いのか、それとも諦めが悪いのか、はたまた彼が自分に甘いことを知っているからか、とにかくアリーナは此処に入る術を熟知していた。
「ブライなんて私を女中頭に引き渡すんだもの。酷いわ」
 次第に近くなる声と足音に耳を澄ましながら、アリーナは大きな瞳でクリフトを上目見る。肩幅にも満たぬ隙間よりクリフトを捉えた彼女は、言を懇願から問いに変えることで彼の心に訴えた。
「クリフトもブライみたいに私を突き出すの?」
 イスカリオテのユダではあるまいし、それは大仰な表情で。
……
 クリフトはアリーナの背向こうより愈々迫り来るガヤガヤとした足取りに一瞬の躊躇いを見せたが、
「差し伸べられた手を拒むことは神の教えに反しますし、」
ドアノブに掛かった手が緩み、結局は毎度の如く許してしまう。
「主は誰の入室も許されております」
 まるで詰るように彼を見つめていたアリーナは、クリフトの半ば諦めたような表情にパッと顔を輝かせ、溜息を漏らす彼と扉の隙間を縫うように素早く身体を滑り込ませていた。
「早く、早く!」
 嬉々としたアリーナの声を背に、クリフトは心の中で十字を切った。
 
 
 

 
 
「お父様も急かし過ぎよ」
 すぐ傍らにある喧騒を耳に、アリーナは蔵書目録を指で弾きながら言った。
「結婚が難しいなら婚約しなさいとか、婚約が無理なら恋愛しなさいとか、まずは男を見なさいとか、そもそも自分を見つめなさいとか」
「ハードルが下がってきているではありませんか」
「結局、求めていることは同じよ」
 虚城と化したサントハイム王宮が光を取り戻したのは1年前。モンスターの巣城、滅びた王家と噂が広まった時もあったが、世界中を巡ったアリーナが自身の足で得た信頼が、各国の取り成しを取り付けることに成功し、その後に訪れた平和と共に今は静まりつつある。
 しかし嘗てその危機を予見し、自身が神隠しに見舞われたサントハイム王の憂慮が消えたわけではない。オーブ(王権)を司る国の長として、王宮の確固たる様を知らしめるにロイヤルファミリーの慶事は最も重要な懸案で、今は丁度アリーナにお見合い相手を選ばせようとしていたところ。そこから彼女は逃げてきたという訳だ。
「娘の政治利用はいただけないわ」
「純粋に姫様の将来をご心配なさっての事でしょう」
「そうかしら」
「そうですよ」
 アリーナの結婚については、王宮が以前より抱えていた悩みのひとつで、冒険に出る前から元々彼女はこの件から逃げていた。まだ幾許か少女であった昔は「旅に出たい」とか「腕試しをしたい」とか、或いは「世界一の武闘家になりたい」という理由から見合いを断っていたが、妙齢となった今はそのような理由で拒める筈もなかろう。
「やはり自分より強い男性でないといけませんか?」
 嘗て彼女はこう豪語していたが、魔王を倒したアリーナより強い生物がこの世に存在するだろうか。クリフトは今や武闘においては人類最強を名乗るに相応しい彼女にやや冗談を込めて言ったが、これを聞いたアリーナは頬を膨らませた。
「もう、そういうのはいいの」
 自分が実際に強くなると理解る。強き者に憧れるのは弱さを知らぬ未熟さ故のものだ。アリーナは嘗ての自分の言を恥らうように頭(かぶり)を振ると、遊ばせていた指を止めて小さく言った。「それにね、」
「恋愛だって、したくない訳じゃないんだから」
 彼女の発した言に気付いてか、目録庫を隔てた向こうで図書の整理をしていたクリフトが振り向く。未だ書庫の外では兵士達が走り回る振動と喧騒が続いており、今の呟きはそれに遮られて耳に届かなかったのか、クリフトはアリーナの表情を窺おうとして長身を傾けた。
「姫様?」
「、なんでもない」
 書架の脇から首を傾げたクリフトと瞳が合い、アリーナは少し驚いた後にそっと視線を逸らした。
「続けて」
 するとクリフトは分厚い聖典に視線を落とし、再び狭い通路に隠れて作業に戻る。
「作業をしながらのお相手をお許し下さい」
「気にしないで」
 姿を消した彼の影を追う自分―-、アリーナは自身の心境の変化に気付いている。
(なんでもない、なんて)
 決してそのような事はない。
 彼女は嘗てマーニャが揶揄ったような「ネンネ姫」ではなくなっていた。恋に興味がなかったどころか、恋の存在を知らなかった昔とは違う。今も彼を頼った自分にはそれなりの理由があると気付いていた。
「ねぇ、クリフト」
「はい」
 呼べば帰ってくる声。天井に届くほど聳える本棚の峰より聞こえる穏やかな響きを、アリーナは好いている。
「私だって選ぶ権利っていうものがあると思うのよ」
「それは勿論、姫様のお相手ですから」
 書架を隔て、声だけを交わすどことない心地良さも、表情の見えぬ会話が何処かしらくすぐったいのも、自覚済みだった。
「お見合いじゃなくても良い訳でしょ?」
「それは確かに、そうですね」
 苦笑いするクリフトの声色に気付きアリーナが追って歩みを進めると、彼は書架に挟まれた通路で綻んだ聖典を取り出していた。埃を被った表紙を撫でると、修繕の為に持ち出すべくペンを走らせる。
「今、自分で相手を見つけてくるなんて私には無理だと思ったでしょ」
「お忙しい姫様の事を思って、相応しい方を探していらっしゃるのでしょう」
 彼女の姿を捉えたクリフトは、くたびれた羊皮紙に落としていた視線を上げて微笑した。
(クリフト)
 姿を捉え、瞳を見ると込みあがるものがある。何かが溢れる。特に笑顔は胸が苦しくなる。
 アリーナは自身の心境の変化、或いはこの感情の正体に気付いている。多分に自分は彼を好いている。彼を頼る自分も、その声に安らぎを感じることも、会話が楽しいのも、姿を見ると胸が熱くなるのも、全てはそうだ。
「ご紹介のあった方々にご不満が?」
「ないけど……
 あるとすれば、彼ではない事だ。
……
「姫様?」
 無意識に視線を落としてしまった。外より聞こえていた筈の喧騒がふと止んだ瞬間、ハッと顔を上げたアリーナが前を向きなおすと、同じく凪いだ廊下に気付いたクリフトが心配そうに身を屈めてこちらを見ていた。
「どうかなさいましたか」
「クリフト」
「兵士達が降参したようです。もう時間かと」
……そう」
 鬼ごっこか、かくれんぼか、とにかく城中を駆け回った近衛兵は息を切らして床に伏せてしまったのだろう、騒々しい靴音が消えた。視線を外に投げて苦笑するクリフトに切ない笑顔を返したアリーナは、ふぅっと息を吐いて肩を竦めた。彼等をこれ以上困らせては、生きながらに「さまようよろい」にさせたとして過大な叱責を喰らうに違いない。
「一応、捕まったことにしておこうかしら」
 彼等に手柄を与えた方が、此処に身を隠していた事実を知られるよりずっといい。
 冗談気味に扉へと踵を返したアリーナは、「姫様」と呼び止める静かな声に首だけを振り向かせて彼を見た。
「何時までも逃げ切れるものでもありませんよ」
「私、足は速いほうよ」
「いえ、そうでなく」
……分かってる」
 やはり二人はあれだけの冒険を共にした仲間である。環境を変えて距離を隔てることとなったが、多くを語らずとも意する所は自ずと伝わるようだ。言葉少なに視線を交え、アリーナは重い扉の向こうに消えた。 
 
 
 
 
 

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お互いに「好き」とは言ってないけれど、
お互いの「好き」が何となく理解っている。
二人はほんのり胸が弾む淡い関係です。
       

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